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伊予松山城~貴重な建築が多数現存する城

 愛媛県松山市にある伊予松山城は、現存天守のある12の城のひとつです。天守以外にも残存建築が多く、21棟が重要文化財に指定されています。これは、姫路城(74件)に次ぐ日本で2番目の多さです。


重要文化財の現存天守

 松山城の築城を開始したのは、豊臣秀吉に仕えた武将・加藤嘉明です。関ヶ原の合戦で東軍に与し、伊予20万石の大名となりました。嘉明が会津に移封された後、松平氏の時代に城が完成しました。親藩の普請であるため、現存天守で唯一、瓦に「葵の御紋」を持ちます。

ボランティアで地元の人たちがゴミ拾いをしていた

 伊予松山城の天守は、大天守の周囲に小天守と櫓があり、渡り廊下で繋がれた「連立式」という形式です。中心となる大天守以外は火災で焼失しました。平面図を見ると、天守に入るまでの通路が何度も屈曲しているのがわかります。

 松山城の天守は、もともと5層だったものを3層に改築したものです。そのため高さの割に床面積が広く、やや扁平に見えます。

伊予松山城の構造

 松山城は、麓の居館と山上の詰城という構造をしています。居館部は方形で水堀に囲まれ、詰城部は自然地形を生かした曲輪の形です。

 一般には山の上が「松山城」と認識されていますが、堀に囲まれた「堀之内(三の丸とも)」も城の一部なのです。

三の丸から本丸を眺める。一段高くなっているのが二の丸

 堀之内には家臣の屋敷などが集まっています。一段石垣で高くなっているところが二の丸で、表御殿・奥御殿がありました。現在は「二之丸史跡庭園」となっています。

 松山城にはロープウェイもありますが、城全体を満喫したければ二之丸方面から登るのがお勧めです。斜面を登るようにつくられた「登り石垣」という珍しい遺構も見られます。

「登り石垣」は朝鮮出兵の頃に登場した手法

本丸を囲む見事な石垣

 山上は本丸となっており、一段高い「本壇」に天守が築かれています。

天守から眺めると、本丸の形が分かりやすい

 本丸の南、大手(城の表門)側の近くは、石垣が最も高くなっています。

多数の重要文化財

 前述したように、松山城には21もの重要文化財があります。その一部を紹介しますと…

仕切門。天守の北側にある

「野原櫓」は、「望楼型二重櫓」の全国唯一の現存例です。

望楼型は初期の城郭建築に多い
紫竹門(しちくもん)。搦手(城の裏手)の防御の要
乾櫓。城の北西(乾)の方角を守る

 松山城は残存建築や復元建築も充実しており、見所に満ちています。一回の訪問では楽しみ尽くせないでしょう。

おまけ

 天守内の資料館にあった、最も緩い展示品「侍の似顔絵」。木材に書かれていた落書きです。

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