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【三心同体】 統失2級男が書いた超ショート小説

昭和49年、長田和樹は殺人の容疑で逮捕された。警察は最初から和樹を犯人と決め付けており、和樹は警察の厳しい取り調べの前に一度は屈して犯行を認める供述をしたが、その後は、一転して潔白を主張し続け裁判を戦った。しかし、担当弁護士も終始和樹を疑っており、またその上無能だった。斯くして裁判所が下した判決は懲役16年の実刑判決だった。和樹は刑務所では模範囚として過ごし、判決より2年早く出所した。この14年の間に和樹を女手1つで育ててくれた母親は、和樹の罪を苦に自殺していた。出所後の和樹は生きる希望を見出せないままでいたが、かと言って死ぬ勇気も湧いて来ず、大阪の西成で日雇いの仕事に従事し、その日暮らしの生活を細々と続けていた。和樹が刑務所から出所して8年後に大山充義なる男が、「長田和樹さんが犯したとされる殺人事件の真犯人は自分だ」と警察に名乗り出て来た。「長田さんは完全な冤罪で、長田さんには申し訳ない事をしたと思っている。その報いなのかどうかは知らないが、俺は肺癌を患っており、余命1年と医者に宣告された。俺が地獄に落ちるのは確実だが、その地獄の期間を少しでも短縮する為に自らの罪を告白する事にした」と大山は供述した。しかし、事件は既に時効が成立しており、大山が逮捕される事はなかった。裁判所が和樹の無実を認定したのを見届けて大山は自宅で首を吊り、自らの人生に幕を降ろした。そして、国は賠償金として和樹に6千万円を支払う事になった。(俺は20代の貴重な時間を奪われ、母親は自分の息子を殺人犯だと思い、それを苦に自殺した。それに対する賠償金がたった6千万か)和樹の怒りは収まるどころか、日増しに膨張して行く一方だった。和樹は自分に拷問紛いの取り調べを行い、偽りの自白をさせた垣内という刑事が許せずにいた。そこで探偵を雇い垣内の住所を調べさせる事にした。探偵は当初、ターゲットが現職の刑事という事もあり及び腰だったが、前金で300万円、成功報酬で700万円を支払うと約束すると、掌を返し依頼を引き受けてくれた。3日で垣内の住所は簡単に判明し、和樹は約束通り探偵に成功報酬の700万円を支払った。和樹は2日後の朝、垣内が通勤に使っている駅で垣内を待ち伏せ、人混みの中から垣内を見付け出すと、包丁を握り締めて素早い動作で襲い掛かった。この23年間の全ての恨みを1万2千円の包丁に込めて、和樹は垣内を滅多刺しにした。和樹に取ってこの復讐劇は人生最大の誇るべき真剣勝負だった。それ故、目撃者と云う観衆の多い朝の駅での決行を選択したのだった。垣内は病院に搬送されたが医者に出来た事と言えば、死亡診断書を作成する事くらいだった。和樹は再び逮捕される事となり、判決は前回の時と同じ懲役16年だった。収監されて8年目の夏、和樹は刑務所の中で心筋梗塞に依ってこの世を去った。

和樹と垣内と大山は来世で、とある惑星に三つ首同体のドラゴンとして生まれ変わり、偶に喧嘩をしつつも基本的には仲良くしながら、862歳まで生きた。その次の来世ではこの3つの魂はまた違う惑星に生まれ変わり、今度は宇宙人の幼児が乗る3輪車の車輪として生きた。そして次の来世では地球に戻り、信号機の3つのライトに生まれ変わった。その次の来世でも地球に生まれ変わり、この時はチンパンジーの右目、左目、鼻として生きた。未来永劫この3つの魂は三心同体として時には単なる無機物として、時には生命体として生まれ変わる運命を続ける事になりました。

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