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世帯収入150万円一家① コロナ禍による収入と生活の変化

世帯年収150万円を売りにしていながら、ここまでお金に関する話はほとんどしてきませんでした。今回はコロナ禍にからめて収入や生活の変化について書きたいと思います(一応シリーズっぽくしてだらだら書いていきます)。

前回の記事で失業状態を嘆きましたが、六月中旬からぽつぽつと仕事が入ってくるようになりました。ひとまず安心という気持ちと、だるい/しんどい/やめたい/ずっと家に居たい/自分の時間がほしい/緊急事態宣言よ、もう一度!といった気持ちが交錯している今日この頃です。

交錯しているというか、ひとまず安心というのはほとんど嘘に近い、単にそれっぽい感想を述べたまでのことですね。本音を言えば働きたくない。いいよ、お金なんて。仕事に出てるせいで体調もなんとなくよくないし、四十肩も一向によくなりません。

四十肩は本当にまずくて、うっかりズボンの尻ポケット(左)に財布を入れたりすると痛くて取り出せないです。手が後ろに回らなくて、かろうじて指先にひっかけて抜き取る感じ。入れるときはストンと落とすだけだからまだいいですが、取るときはある程度手を突っ込まないといけなくて、その分の動きがつらいわけです。それくらい肩関節の可動域が狭まってるんですね。で、うっかり痛みが生じるとまた悪化してしまう。

尻ポケットどころか、前ポケット(左)に入れたハンカチを取るのもすんなりとはいかなくなりつつあります。ハンカチ一つ取るのにこんなに肩関節を使っているとは驚きですが、それだけどころか! 今や乗り換えで走ろうとしてもうまく走れませんし(腕が振れない!)、夜中に痛みで目が覚めることもあります。もう二十四時間休みなしに肩に関節技を決められてるような感じです。

毎日のように湿布をして、さらにサポーターをつけて過ごしてますよ。肩用サポーターはネット通販で買いましたが、少し腕が吊られている感じになるので楽ですし、うっかりした動きも抑制できます。おすすめ。今のところ四十肩(肩関節周囲炎)では病院に行ってませんが、医師は痛み止めの注射をすることはあっても肩用サポートを勧めることはないという話をネットで見かけたんですが本当ですかね? けっこう効果を実感できるけど、逆にこわばっちゃうとかあるのかな。

さっそく話が逸れましたが、仕事に復帰したはいいものの、都内は早くも感染者数が再び増えてきており、もう第二波による休業の心配もしなければならないような状態でもあります。第一波において国内での死亡率が危惧していたほど上がらなかったことは気持ち的には一つの安心材料にはなりますが、一方では発達障害者は新型コロナによる死亡率が高いというデータもあったりするので、個人的にはやはり警戒しないわけにはいきません。

しかし、休業と言ってもあくまで勝手に休む自主休業なわけで、休んだ分は当然無給になります。在宅でできる仕事も考えてはいるんですが、もうちょっと本腰を入れて探した方がいいかもしれません。

さて、収入の話ですが、まずは前提としてコロナ以前の状態からお話しします。

大雑把に言うと、私は日給一万円くらいで働いてます。出勤は、発達障害的なあれで、げほっげほっ、あまり無理をすると心身ともに負担が大きいので週三日程度に抑えており、月にするとおよそ12~14日の勤務になります。というわけで、単純計算すると月収は12~14万円。ボーナスや臨時収入もないので、月収にそのまま12カ月を掛けて、それでおよそ年収150万円前後ということになります。

文学賞のケチな賞金でも大いに助けになるような年収なので、何でもいいから受賞したいところです。経済的には私にくれるのが一番ためになりそうじゃないですか。一番ってことはないかもしれないけど。該当作なしのときとかに浮いたお金をくれるのでもいいです。「ああ、そういう人のために使ったんだ。主催、なかなかやるじゃん」とか他の応募者も納得するんじゃないですかね。しないか。

年収150万(しかも妻子あり)と聞くと、ほとんどの人は「そんなんでやっていけるわけがない」と思うかもしれませんが、これが不思議と生活は成り立ってるんですね。おまけにというか何というか、我が家には特にあくせくしたところもありません。ちなみに、年収はこれでも今の仕事に変えて増えたんですが、もう少し低いときでも同じ調子でやってました。

家賃の安い都営住宅に住んでいるということも大きいですが(駐車場代かよ!というような額です)、実際に生活をするのにお金に困っていると感じたことはこれまでほとんどないです。一切ないと言ってしまってもいいかもしれません。事故や病気などまとまったお金が必要になるような不測の事態が生じたら、そこで初めて「困る」に迫られるんでしょうが、幸か不幸か今のところそういう事態も生じてません。生じたらどうするんでしょうねで、まったく運任せもいいところですが、それを言ったら人間誰でも運任せに生きてるんですよね。あまり広く認められてないことかもしれませんが。

不登校とか今そこにある危機なんじゃないのかとか、ASDの娘ちゃんの養育・教育に困ってるんじゃないのかという話もあるんですが、これが案外難しいところで、「困ってる/困ってない」のどちらなのかと訊かれるとそれこそ返答に困るところがあります。

どう言ったらいいか、「そういうもんだしな」と状況をそのまま受け取りすぎてしまうというか、「いわゆる普通とは違う、少数派である」というのはこういう状況(私および我が家を取り巻く現状←説明省略)こそ普通だろうし、いずれにしても自分で対処可能に思えてしまうというか。自分で対処できるのなら困ってるとは言えないような気がするし、少なくとも差し迫ってはいないな、とか。「困ってます」という言葉は、差し迫っているという実感がないとどっか言いにくいところがあるんですね。

もちろんサポートがあればありがたいわけですし、してもらえるサポートはどんどんしてもらうつもりではいますが、「困ってるのか、困ってないのか」という問いにはいつも何と答えたらいいか迷ってしまいます(「何に困ってますか?」とか「困りごとは何ですか?」という問いは発達障害界隈では定番なんですね。支援のあり方を模索しようと思えばそう訊くのも当然なんですが)。

しかし例えば、不登校に限ればこれは話が逆転しているところもあって、学校に行けば困ったことになるのが目に見えているからこそ行かないわけなんですよ。行ってないのだから「困った」を回避できているのであり、行くことの方がずっとリスキーなんですよね。

無理して行った結果、「困った」どころでは済まなくなって、私みたいに二次障害まみれになった挙句、「――聞こえます。世界中の学校という学校を破壊し尽くせという声が聞こえます――」みたいな、いわゆる一つの危険人物になってしまうことも大いにあり得るわけです(一応断っておくと、私は「学校がいかによくないところか」などと子供に吹き込むようなことはしてなくて、本人の判断に任せたらもう最初から「行かない」を選んだんですね。ご明察というところでしょうか)。

現に、娘ちゃんは家でストレスフリーで自由気ままに過ごしています。そう言って差し支えないような気がします。今のところ勉強もちゃんと自分のペースでやってますし、基本的には問題を解いたりすることが好きなようです。親としても助かってますが、でも、この勉強の部分に限っても多分、学校に行ったら行ったで授業の退屈さという形で問題になってしまうと思うんですよね。

よっぽど個別に、娘ちゃんの特性に合わせて環境を整えて、娘ちゃんの興味関心に沿って教えてくれるというのならいいかもしれませんが、そこまでのことはさすがに不可能でしょう。でも、それ以外の形だと多分「耐える」ということにしかならないと思うんですね。「適応」ともっとも遠いところにあるのがこの「耐える」で、しかも、というかそれゆえに、適応できてしまっている人には「耐えるって何が?」で、適応できない人の苦しみが理解できないんですね。そうした周囲の無理解なんかもプラスされると、こじれ具合がさらに加速していって、しまいには「困った」では済まない事態に陥ってしまうわけです。

定期相談させてもらっている臨床心理士さんにも、娘ちゃんの場合「すべてがオーダーメイド」で環境を整えるのが望ましいという風に言われてますが、娘ちゃんのもろもろの特性を考え合わせると、学校には楽しめる部分がほとんどないと言っていいだろうと思います(娘ちゃんの特性については過去記事を参照)。

ケースバイケースですが、個人的な思いを言うと、学校に行ってないことを問題視するというのは、正直「分かってないな」というか、学校や集団生活に問題なく適応できる人たちは(社会や集団はまさにそういう人たちを基準にしてできているわけですが)、そうじゃない人たちの間で学校というのがどれだけ評判が悪いか、実のところあんまり分かってないのではないかというくらいの気がするときがあります。中には、本当は行きたいのに行けないことがつらいと感じている当事者もいるのかもしれませんが。

ともかく、我が家では娘ちゃんが学校に行かないことそれ自体では現状ではそんなに困ってなくて、「娘ちゃんがずっと家にいるがために親の時間が容赦なく削られる」ということの方がよっぽど大きく感じるくらいです(←要するに、困ってることはこれなんですね。親が大変なんだ、という。発達障害の子供を抱える親御さんにはうなずいてくれる方もいるのではないかと思いますが)。

ちなみに、私自身は、適応障害を起こして学校に行きたくないと言い続けていたのに、十年以上にわたって見て見ぬふりをされて無理やり行かされて――これだけでも十分ネグレクトが成立する――、ついに一度も不登校になれなかったクチですが(そして学校では優等生で通ってましたが、途中までは)、学校のことは「牢屋」と呼びならわしていました、自分の中で。

合理的配慮という言葉がある程度浸透した現在にあっても、そういう人は案外多いんじゃないかと思います。そして、そういう人は私がかつてそうだったように、学校のような場所では優等生として過剰適応してしまっている可能性があって、それゆえに抱えている問題に気づかれにくくなっているかもしれません(過剰適応とは、周囲の期待や一般常識に合わせて自分を無理やり押し殺すこと)。

ざまぁみろですね、――じゃなくて悲惨な話ですね。いや、でも多分、一人で苦しんでいるあなたの周りで普段親しげな顔を見せている人たちこそ、本心では、あなたがどん詰まってどうにもならなくなったとき、ざまぁみろと思うんですよ。なぜなら、過剰適応してしまっている人は周りからむしろ「恵まれてる」くらいに思われて妬まれているからです。心して最悪へと向かって行ってください。

義務教育も高校も大学も、私にとってはまさに「失われた年月」そのもので、一般的にはそれらを修了後に社会に出ることになってますが、私からすれば「どれだけハンデを負わせてマイナスからスタートさせる気だよ」というようなものでした。というか、私は高校生のときにはすでに世の中に適応することを完全にあきらめてましたし、大学をやめるにあたっては「こういうもの(学校とか集団とか世の中とか社会とか)とは金輪際付き合わないようにする」とはっきりと心に決めたくらいです。まぁ「金輪際」というのは言葉のあやで、実際には「できる限り付き合いを最小限に抑える」というやり方になるわけですが。

ともかく、良くも悪くもその決断のお陰で今の私があるというか、自死に追い込まれたり、気が狂ったり、犯罪者にならずに済んだくらいのことが言えると思いますが、一方ではそれによって低所得者層になることが運命づけられたということも言えるでしょう。私の基準からすれば、普通に低所得者層としてやれているだけマシというようなもんで、どれだけ低い基準なんだよという話ですが、この基準こそ、自分がまったく望まないし適応もできない環境に強制的に居続けさせられることによって作られてしまったものなんですね。

発達障害と環境のマッチング(環境次第で良くも悪くも転ぶ)についてはよく言われますが、私の場合その組み合わせは最悪で、ほとんど毒入りカクテルのように作用したと言えます。成長の芽をすべて摘み取られた挙句、生涯治らない麻痺が残ったのがその効果とでもいうような(実際、私は発達障害によって生来的に脳の認知機能に欠陥ないし凹凸があるというだけでなく、度重なる恫喝やネグレクトなどの虐待によっても脳が委縮するなど器質的な異常をきたしたのではないかと思ってます。ちなみに、知的な遅れのない自閉症は虐待のリスクが高まるそうです)。

環境が個々の発達障害者の特性にうまくフォローするように噛み合うと、「障害ではなく個性」になり「才能が花開く」みたいに言われることもあるようなんですがね(私なんか上述のような環境にありながら、あるジャンルでは一応プロになったんだからエライよね)。

こうして一昔前までさかのぼって考えれば、「世の中とはなんと不平等極まりないところか」とも思いますが、学校や集団生活に問題なく適応できる人たちにはそんなこと言っても通じないんですね。そういう人たちは結局、自分たちに合った尺度が一つあればそれで済んでしまいますし、何しろ多数派ですから、わざわざその外にいる人たち(少数派)のことを考える必要などないわけです、基本的に。

こういうことはあんまり言われないかもしれませんが、自分の中に一般常識しか持ってない人間というのは案外たくさんいて、そういう人たちにとっては「多様性」なんて馬の耳に念仏というか、そもそも意味するところが理解できないというようなものなんですね。そういう人たちにしても、わざわざそう口に出しては言わないだけの(言ったら自分が不利になることは言わないだけの)賢さはあるわけですが、「だってそんなこと言わなくても十分世の中は回ってるじゃないか」と言われたら、まぁそれは多分その通りなんでしょう、これだけ「多様性、多様性」と言われている現在にあっても。意識が高い人はあまり見たくないかもしれませんが、現実は常に時代遅れで浅薄で安っぽく、そしてとんでもなく強固だということは忘れてはならないだろうと思います。

とはいえ、少しずつ時代は変わっているというのもまた事実で、学校に関して言えば最近では選択的不登校なんていう言葉もあるようです。ゆくゆくは「こっちが行っても困らないような体制をお前たちの方こそ作ってから物を言えよ」くらいのスタンスでいることが社会のスタンダードになるのかもしれません。どうですかね。しかしながら、少数派でいるとこっちの普通を世の中に通していくという作業がどうしても必要なときがありますが、ほんの十年前二十年前と比べてもそういうことをやるのが随分楽になったというのはある気がします。実にうらやましい。まだまだ過渡期なのでしょうが、常識自体が更新されてしまえばこちらのものというところでしょうかね。まぁ、結局は人が入れ替わるまでは(古い世代がそっくり死ぬまでは)実現しないのかもしれませんが。

それにしても「多様性」という言葉にあるあのもやもや感、あれは何なんでしょうね。私なんて、ダイバーシティというのをしばらくの間、「ダイバーのcity」で何らかの都市設計の話なのかと思ってましたからね。ここ二、三年でそれはどうやら違うようだと思うようにはなってたものの、それにしたってダイバーシティがまんま多様性という意味だと知ったのはわりと最近のことです(綴りも「c」じゃないし)。それもこれも発音が日本語風に平坦なせいで、「バー」にアクセントが来てたら間違えなかったと思います(最初の頃に都市設計に絡めて「ダイバーシティ」という言葉を聞いたせいかもしれません)。

もやもやするのは、私がダイバーシティの意味を掴みかねていたせいなんでしょうか。それとも、それが単に時代に合わせた企業戦略にすぎず、自分のところまで下りてきてない感じがあるせいでしょうか。それとも、かつて画一的な価値観の中でマイナーであるがために味わわされた苦しみを勝手に過去のことにされてるような気になるからでしょうか。多様性がどうと言われようが「自分は自分」ということは根本的には変わらないせいでしょうか(相対的に見たらポジションが変わることはあるというだけで)。もともと「自分は自分」で、望むと望まぬとに関わらずそれを強固に保持していた者にとってはしゃらくさいものでしかないからでしょうか(ある意味、発達障害者はそういうところがあると思うんですけど)。変わるのはあんたらの話でしょう(おれじゃなくて)というような話で、それでこっちがやりやすくなる面はあるにしてもいちいちカッコつけて言ってんじゃねーよ、という気がするからでしょうか。


次回、困りごとの話に戻って続けます。




いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。