見出し画像

1月14日 美術館見学に行こう! ドキュメンタリー『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』の感想文

 私の映画感想文は無駄に長い。あれは書くほうも読むほうも疲れる。バイト期間中であんな長い感想文を書く余裕もないから、ちょっと気楽な感覚でドキュメンタリーを見て、その感想文でも書こう。
 ……と見始めたドキュメンタリー『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』だが……なんと3時間! 気楽に見られる長さじゃなかった……。一気に3時間視聴はしんどいので、日を改めて2回に分けて視聴。

 ではその内容は?
 まずイギリスの美術館【ナショナル・ギャラリー】について掘り下げていこう。

 イギリスのロンドン、トラファルガー広場に建設された美術館。創立は1824年。世界中からあらゆる美術品が蒐集されていて、その数2300点以上。西洋の古典美術も多いが、浮世絵の美術性にも早くから気付き、その蒐集もやっていた。いま日本で「浮世絵展」とかやろうとすると、ナショナル・ギャラリーから借りなくてはならないくらいだ(今回のドキュメンタリーでは浮世絵は扱っていない)。
 そんなナショナル・ギャラリーの入館料はなんと無料。寄付によってなりたっているため、美術館内のあちこちに募金箱が設置されている。無料で入れるかも知れないが、行った際には是非いくらかお金を入れたい。
 美術品の豊富さ、品質のために来館者は絶えることなく、年間来館者数は世界第4位の美術館になっている。

 その美術館がどのように運営されているのか? その内幕を捉えたのがこの作品。監督はドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマン。1930年生まれ(現在94歳)のドキュメンタリー監督で、これまでパリ・オペラ座、ボクシングジム、宝石店、ニューヨーク公共図書館などに潜入し、詳細なドキュメンタリーを作り上げてきた。今回はナショナル・ギャラリーに3ヶ月潜入し、その内幕を捉えている。

 ……と、いう内容だけど、しかし正直なところ、編集が非常にゆったりなので、見ているとだんだん眠くなってしまう。確かに美術館の内幕をしっかり捉えていて、一つ一つの場面は興味深く、かなり資料性の高い内容になっている。学芸員が普段どんな討論をしていて、どういう意図の下に美術品を展示しているのか。また地域とどのような取り組みをやっているのか。一つ一つ丁寧にすくいあげて作られている。
 ただし、1つ1つのシーンが5分から10分もある。展開が遅い。エンタメ作品として観るのはちょっとしんどい。「なるほど!」と感心する一方、「次のシーンまだかな…」という気分になってしまう。「社会見学」でもするつもりで向き合わないと、どうしても眠くなってしまう。眠くなる、という弱点を差し引けば、学びになるドキュメンタリーであるのは間違いないのだが。

 内容を詳しく掘り下げていこう。

ヤン・ファン・エイクの『アルノルフィーニ夫妻画像』(1434年)。

 ナショナル・ギャラリーには13世紀から20世紀までの美術品が豊富に収蔵される。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ヒエロニムス・ボス、ハンス・ホルバイン、ティントレット、エル・グレコ、カラヴァッジオ、アルテミジア・ジェンティレスキ、ベラスケス、ルーベンス、ニコラ・プッサン、レンブラント・ファン・レイン、クロード・ロラン、ヨハネス・フェルメール、フランソワ・ブーシェ、ターナー、ゴッホ、アンリ・ルソー、クロード・モネ……。美術好きならば間違いなく知っている作品がずらりと並んでいるし、美術に疎い人でも「知っている!」といえる作品が収蔵されている。

 学芸員が来場者のために絵画の解説をやっている場面。

 この場面で解説しているのは、ピーテル・パウル・ルーベンスの『サムソンとデリラ』(1609~1610)。『旧約聖書』の「士師記(ししき)」を題材にした作品。
 イスラエルの英雄サムソンは怪力の持ち主で、たった一人で敵対国ペリシテを圧倒していた。サムソンはソレクの谷に住む女デリラに恋したのだが、その話を聞いたペリシテ人は銀1100枚で買収し、デリラにサムソンの怪力の秘密を探るように依頼する。
 サムソンは怪力の秘密を隠していたが、とうとうデリラに話してしまう。それは髪であった。髪を剃ると、怪力を失うという。
 そこでデリラは、サムソンが眠っている間に人を呼んで、その髪を切る。絵画はまさにその瞬間を描いている。画面右端に描かれている兵士達は、これからサムソンを殺そうと待ち構えているところだ。デリラは乳房を剥き出し似ているから、性行為の最中だったことがうかがえる。デリラの顔を見ると、どこか「後悔」のような感情が浮かんでいる。サムソンとの間に恋愛感情が生まれていたのだろう。

 レンブラントがこの絵の続きといえる場面を描いている。こちらの場面ではデリラはすでに髪を切り落として部屋から去ろうとしている。そこに兵士が殺到し、サムソンを取り押さえ、槍で目を突いている。
 デリラの表情はどうであろうか? 外からの光を浴びて、その目が衝撃で見開かれているように見える。しかし口元だけを見ると、うっすら微笑みを浮かべているようでもある。レンブラントの描いたデリラは、サムソン討伐成功を喜んでいるように見える。
 2人の巨匠が神話をどう解釈したのか。その違いを見るのも面白い。

 こちらは講演室のような場所で、絵画を説明している場面。

 興味深いのはこちらの場面。絵画はレンブラントの作品。見ての通り巨大で、しかも馬に乗っている。絵画は地面に直置きされているのだが、見上げるほどに大きく見える。

 絵画の研究のためにX線写真を撮るのだが……なんと下から別の絵が出てきた。もともとはキャンパスを縦置きにして肖像画が描かれていたのだが、完成の直前……といったところで依頼主から「やっぱり俺が馬に乗っている場面にしてくれ」と言われたために、キャンパスを横置きにして、その上から絵の具を塗り始めてしまっている。完成した作品も、絵の具の経年劣化によって少し透明化しているため、目をこらしてよーく見てみるとうっすらと下の絵が見えるようになっている。
 もしかしたらレンブラントも、完成直前に「やっぱり変えてくれ」と言われて、自棄っぱちになっていたのかも知れない。

 それにしても、この依頼主、何者なのだろう? 自分の肖像をこんな馬鹿でかいキャンバスに描いてくれ……ってどんだけ自分が好きだったんだろう。よっぽど自分に自信があったんだろう。
 そんな自意識過剰なオッサンの絵を描けと言われたレンブラントは「完成の直前に変更とか言うなよ。しかもこんな馬鹿でかいキャンバスに描かせやがって……。金もらってるから言えないけどさ」みたいに思っていたかも知れない。知らんけど。

 やっぱり興味深いのは「表舞台」よりも「裏舞台」。
 こちらの場面は経年劣化によって絵の具が剥離してしまっている作品。修復士が剥離したところにまったく同じ絵の具を乗せている。

 こちらは「額縁」の修復をしているところ。額縁も経年劣化するので、劣化したところを切り取り、新たに木材を継ぎ足して、元とまったく同じように装飾を施している。
 絵画を見るとき、額縁なんてほとんど関心を向けないが、実際にはこんなふうに職人が丁寧に彫って元通り再現している。ふだん意識しないところだからこそ、興味深い。

 かなりわかりづらい画面だが、経年劣化で破損した絵画のサンプルを採っている。絵の具が剥がれている部分からほんのすこし絵の具を切り取っている。
 昔の画家は画材屋に行ってチューブ絵の具を買う……というわけではなかった(チューブ絵の具が店で売られ始めたのは20世紀に入ってから)。絵の具は画家がそれぞれのやり方で作るもので、それゆえどういう素材が使われていたのかわからない……という部分もある(絵画によっては本当に謎の成分が使われている絵の具もある)。こうやってサンプルを採取し、成分分析にかけて初めてわかる……ことも多い。今回の場合は上に塗られたニスの成分も分析するためにも、サンプルの採取が行われている。

 こちらは経年劣化によって表面についた「黄ばみ」を取り除いている場面。絵画の右端のところの黄ばみが取り除かれ、青空がくっきりしている。当たり前だが、この作業で「絵の具」を洗い落としてはならない。黄ばみのみを落とさねばならないので、慎重に取り除いていかねばならない。

 なにかしらのテレビ番組。ホストの男性がターナーの絵画の前で解説をしている。解説に合わせて、カメラがゆっくり絵画に向かってズームしている。

 こんなふうにナショナル・ギャラリーの中で人々がどんなふうに働いているのか、どんな考え方を持っているのか、かなり詳細に掘り下げたドキュメンタリーだ。シーンの一つ一つが5分から10分とそれなりに長いので、見ていると「社会見学」のような気分になる。一方で場面転換が緩慢なので、じっと見続けると「長い」という印象にもなってしまう。気楽に見よう……とするには長いドキュメンタリーだが、学びのつもりで見るならば一見の価値ありの作品だ。

 ハンス・ホルバインの『大使たち』も紹介されている。
 こちらの詳しい解説は山田五郎さんが素晴らしい解説動画を発表しているので、そちらを見てね。

【ホルバイン】若者と死を描く!?💀知られざる深イイ絵👍【大使たち】


この記事が参加している募集

映画感想文

とらつぐみのnoteはすべて無料で公開しています。 しかし活動を続けていくためには皆様の支援が必要です。どうか支援をお願いします。