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映画感想 ミッション・インポッシブル7 デッドレコニングPART ONE

 今回もイーサン・ハント/トム・クルーズは飛んだ!

 2023年公開『ミッション・インポッシブル』シリーズ7作目。タイトルは『デッドレコニング PART ONE』。原題は8作目のタイトルが変更になるらしく、劇場公開時に付いていた「PART ONE」が消えてしまうらしい。ただでさえ何作目かわからなくなるこのシリーズだから、「PART ONE」は残しておいて欲しかった。日本版には「PART ONE」は残っている。
 監督のクリストファー・マッカリーはもともとは脚本家で『ユージュアル・サスペクツ』『ゴールデンボーイ』といったヒット作を手がけた後、2015年の『ミッション・インポッシブル5 ローグ・ネイション』で監督就任。以来、『ミッション・インポッシブル』を4作連続で監督し続けている。
 シリーズ2作目以降、J・J・エイブラムスが製作に名を連ねていたが、今作はエイブラムスの手から離れる。
 本作の撮影は元は2019年に始まり、2021年・2022年に連続公開する予定だったが、コロナウィルス蔓延を受けて延期。2020年ようやく撮影開始となったが、やはりパンデミックの影響でたびたび中断することもあった。そのうえに、トム・クルーズは『トップガン・マーヴェリック』の撮影もあったので、撮影&劇場公開のタイミングはどんどん遅れていく事態となった。
 2023年7月アメリカで劇場公開がスタートするが、この当時『バービー』と『オッペンハイマー』という2大ヒット作があったために、ユーザーの話題がすべてそちらに吸い込まれていき、『ミッション・インポッシブル』7作目の興行収入は思うように伸びなかった。
 日本での公開は『スパイ・ファミリー』とのコラボが予定されていたが、ハリウッドで大規模ストライキが起きたためにトム・クルーズの来日がキャンセルされ、コメント映像だけが流れることとなった。
 プロモーションがほとんどできない状況に陥り、最終的に制作費2億2900万ドルに対し、5億6000万ドル稼ぎ出したが、損益分岐点が6億ドル以上であったために赤字を出してしまうことになる。
 興行的には赤字を出してしまったわけだが、評価自体はすこぶる高く、映画批評集積サイトRotten tomatoでは批評家によるレビューが432件あり、肯定評価96%、オーディエンススコア94%と高評価。他のどのサイトを見ても、高く評価されている。しかしタイミング的に話題性を『バービー』と『オッペンハイマー』に吸い上げられてしまったために、商業的に振るわず……。興業の世界は思うようにはいかないのだ。

 それでは前半のストーリーを見ていこう。


 北極海氷原の下――その海底をロシアの潜水艦が航行していた。このロシア潜水艦【セヴァストポリ】は最新鋭AIを搭載し、AIによる対ソナー・ステルス能力は鉄壁で、これまで意図的に敵国潜水艦に接近を試みるも、一度も探知されることがなかった。
 誰からも発見されず、しかしこちら側は自由に接近し、姿を消すことができる……まさに無敵の潜水艦だった。
 その潜水艦セヴァストポリが航行開始してから5日目。北極海の下を推測航法(デッドレコニング)で潜航していたが、突如としてアメリカ原潜に探知されてしまう。
 バカな! 絶対に発見されることのない、AI対ソナー装置を備えているんだぞ!
 セヴァストポリは接敵せず逃げようとするが、アメリカ原潜が魚雷を撃ち込んできた。こちらも魚雷で撃ち返す。敵艦の魚雷がまさにこちらへ直撃という時――魚雷は突如消えてしまった。敵艦の姿も消失。
 幻覚だったのか……。まさかAIがエラーを? こちらが放った魚雷を停止するんだ。しかし魚雷が停止不能。それどころか、180度旋回してこちら側へ向かってくる! 回避不能!
 セヴァストポリは自らが放った魚雷によって撃沈するのだった……。

 首都ワシントンに情報委員会が集結していた。国家情報局長官を中心とする、アメリカの情報をコントロールする幹部達である。
 正体不明のAIが放たれた。“それ”と呼ばれるAI・エンティティはあらゆる情報機関に潜り込み、あらゆる情報を操作することができる。すでにエンティティはサウジアラビアの情報部門に潜入し、クラウドのどこかに姿を消してしまった。その後、アメリカの衛星通信、連邦準備銀行、証券取引所、電力システム、連邦航空局、NASA、軍事施設その他に侵入し、わかりやすいサインを残している。エンティティに汚染された情報は危険と見なされ、各国情報局は過去のデータを人力で紙の書類に移行。
 世界中が混乱しているが、しかし各国は情報共有を拒んでいた。
 なぜなのか? それはエンティティそのものを手に入れたい……と、どの国も考えていたからだ。この超強力AIを入手すれば、世界の情報を思うままにコントロールできる。アメリカの情報局も、エンティティを手に入れたいと思い、諜報員を動員させていた。
 イーサン・ハントもエンティティに繋がるとある「鍵」を入手するよう指令を受けていたが――イーサン・ハントがやってきたのは自分のボスであるIMF長官ユージン・キトリッジの元だった。イーサン・ハントはキトリッジの命令に背き、鍵は入手するが、エンティティを破壊すると宣言する。あれは人間の手にはあまりにも大きすぎる。破壊すべきだ……イーサン・ハントは自分のボスにそう報告して姿を消すのだった。


 ここまででだいたい28分。ここでタイトルが入り、アブダビ空港で最初の活劇が描かれるところまでが、ストーリーの前半。今回2時間40分の長尺なので、まだ冒頭の場面。

 では気になるところを見ていきましょう。

 今作のトム・クルーズ。とうとう60歳になりました!(2024年現在は61歳) 60歳……か。「年齢とは?」「老いとは?」を考えずにいられない。
 還暦を超えたトム・クルーズだけど、相変わらず危険なスタントを自らこなしている。まだまだ落ち着く気配のないスター俳優だ。

 今回、敵役はイーサイ・モラレス演じる「ガブリエル」。所属不明・目的不明でエンティティの鍵を手に入れるために、イーサン・ハントを妨害する。ガブリエルが何者なのか、今作では最後まで明かされない。
 今作のマクガフィンは「鍵」。その背後にいるのが謎のAI。いるのかいないのか、わからないような代物。ある意味の「神」に相応しい存在で、その手下として働いているから、「ガブリエル」なんて天使の名前を名乗っている。
 どうやらイーサン・モラレスがキャスティングされたのは脚本ができあがる前だったらしく、イーサイ・モラレスがトム・クルーズと同年齢だったから、「イーサン・ハントのシャドウにしよう」と役割が決まったらしい。
 ……こっちが正しい60歳。トム・クルーズが若すぎて同年齢に見えない。

 オープニングとなるロシア潜水艦のシーンを終えて、アメリカの情報委員会が集結している場面。
 件のロシア潜水艦が沈没してしまったことにより、最強のAIが野に放たれてしまった。AIだから国家も人格もない。モラルもない。AIはあらゆる国の情報機関に潜入し、学習し、成長し続けている。
 そんな危険なAIを放っておくわけにはいかない……が、そのAIを手に入れれば世界の情報をコントロールできる! 恐ろしい存在だが、各国首脳が欲を出し始める。
 という話だけど、野暮な話をすると、AIはCPU・GPUともにフル稼働させるので電力をめちゃくちゃに消耗する。「ネット上のどこにいるかわからない」という話だが、電力をカットするだけで、それだけで侵入をかなり抑えることができるし、能力も抑えることもできる。エンティティのような超強力AIだったら、膨大なデータごと移動していると考えられるから、特定はまったく不可能……というわけではないはずだが……。
 それを言っちゃうと話は終わっちゃうので、そこはスルーしよう。
 ちなみに英語字幕ではAI・エンティティのことを“それ”と表記される。英語原文をみると“IT”となっている。ITはネット関連技術の総称でもあるが、“それ”という意味にもなる。今作の場合、存在も定かではない、特定の人格もないから……という意味を込めて“それ”という呼ばれ方になっている。日本語吹き替えでは“エンティティ”という固有名詞に変わっている。

 この対話シーンにはいろんな人物が出てきて意見が交わされる場面だが、重要人物はこのお爺ちゃん。ユージン・キトリッジ。IMF長官で、イーサン・ハントのボスだ。プロローグシーンで、お馴染みのテープカセットが運び込まれて指令を読み上げる場面……日本語吹き替えのほうがわかりやすいが、この人の声だ。ユージン・キトリッジが顔出して登場したのは第1作目以来らしい。

 ちょっと長めの対話シーンが終わって、次に活劇シーンに入っていく。舞台はアブダビ空港。エンティティに繋がる鍵を手に入れることがミッション。その鍵はガイガーカウンターで探知できるというが、これはロシア原潜の中にあったから。放射能をまとっている(とはいえ、ガイガーカウンター探知付きメガネで形までくっきり見えるとは思えない)。
 イーサン・ハントのチームは例によって独立愚連隊に。IMF解散の危機は毎度のことなので、すっかり慣れた感じになっている。

 空港のシーンで本作のヒロインとなるグレースが登場。ただのスリ? 貧しい暮らしをしていたが、スリの才能を見込まれて、何者かから指令が来るようになったという。今回も誰かから指令が与えられたのだが、それが誰なのかわからない。鍵を奪えと言われてやってきたのだが、なんの鍵かすらわからない。

 さて、この空港のシーンで表現したかったのはなんなのか? それは何もかも“あやふや”だということ。存在するかどうかもわからない。鍵だけは間違いなく存在するが、それがなんの鍵かもわからない。謎の人物が謎の目的で関わってくるが、目的も依頼主すらも不明。幽霊のような存在を追いかける……状態になっている。
 実はイーサン・ハントもどちらかというと幽霊みたいな存在。公式には“存在しない”ことになっているし、神出鬼没。この場面では「イーサン・ハントがアブダビ空港に潜伏しているらしい」とブリッグス(彼も諜報部員)が捜査に乗り出すが、本当にいるのかどうかは実はよくわかってない(ブリッグスは空港でイーサン・ハントを探すが、えんえん見つけられない)。
 全員が目的曖昧、あやふやな状態でお話しが始まっていて、確かに実在する「鍵」を奪い合う……というのがこの場面。今回はこういうお話しですよ……という解説になっている。

 そんななか、本当に“幽霊”みたいな人物も出てくる。AR画像にだけ、一瞬だけ現れたこの男。実際に空港にいたが、監視カメラ映像からその姿を消し、そのうえでイーサン・ハントのかけているARグラス映像の中に侵入して姿を現す……という演出をやってみせた。
 あとで記録を辿ってみても、本当にそこにいたのかさえわからない謎の男……として登場してくる。何が目的なのか、本作の中では語られない。「鏡の中」にだけ姿が残っていた……というところで幽霊っぽさを強調している。

 アブダビ空港のシーンが終わった次は、ローマでカーチェイス。トム・クルーズはもちろん自分でカースタントをこなす。ただし今回は手錠をかけたまま、片手運転で。カースタントは毎回やっているので、今作では縛りプレイをやっている。スペイン広場をはじめとする名所を中心にアクションをやっているが、よく撮影の許可が下りたものだ……。派手すぎる立ち回りができないロケーションだからこそ、あえて縛りプレイをやってみせている。

 鍵は謎のバイヤーのもとに運ばれる予定だった……。その「謎のバイヤー」の正体は武器商人のホワイト・ウインドウ。グレースの雇い主もホワイト・ウインドウだった。この人、なにかと出番あるねぇ……。
 イーサン・ハントはホワイト・ウインドウ主催のパーティに潜入するが、このパーティの共催は、なんとエンティティだった。
 エンティティは未来予知が可能なのだが、それゆえに将来的に自分を破壊する可能性の高いイーサン・ハントを恐れている。

 一番のクライマックスはやはりここ。映画公開前にこのシーンのドキュメンタリーがYouTubeで公開されたが、CGなし、スタント無し、トム・クルーズが本当にバイクに乗って飛んでいる。実際には絶壁際にジャンプ台が建設されていて、そのジャンプ台をCGで消す……くらいのことはやったのだが、それ以外はほぼ本物。
 「CGを使えばなんでもできる」という時代だからこそ、体を張ったスタント。60歳過ぎても飛べることを証明してくれた。

 ここまででいいでしょう。映画の感想文です。
 いつものように、2時間尺の中にぎっちりと色んな要素が詰め込まれている。エンタメの宝石箱のような内容は相変わらず。
 今作のテーマはAI。といっても、リアルなAIではない。すでに書いたように、実際のAIはCPU・GPUをフル稼働するためにめちゃくちゃに電力を消耗するし、クラウドデータのどこかに潜んでいる……といっても巨大なデータごと移動しているのだから、そんなデータがいきなりドンと入ってきたらすぐにわかる。知らない間とはいえ、数テラのデータが移動していたら、そりゃ気付く。私のパソコンで、画像のAIアップスケールをやってみたのだが、ある程度以上大きくなるとパソコンがクラッシュしてしまった。AIといっても、そこにあるCPUに依存しているわけだから、そのCPUの限界を超えて活動することはできない。
 という現実的なお話しは横に置いておいて。
 本作における謎のスーパーAI・エンティティは“神秘的な存在”として扱われている。本当に存在するかどうかもわからない。ただ“痕跡”だけがある、という状態。そのAIの使者として現れる謎の男は、“ガブリエル”という天使の名前を名乗っている。
 意外な印象だったが、“神秘的な存在”の描き方がかなり“土着的”な表現になっている。日本でも、かつて神とは“いないからいる”という存在だった。この世に存在しない者が神だ。無いから在る。あるいは存在しなくなった者が神となる。だからこの世を去ってしまった偉人は神として祀られる。日本に限らず、多神教の世界では”いないもの”を“いる”ものとして扱い、そういったものを異界の存在とみなし、私たちの生活に干渉していると考えてきた。
 『ミッション・インポッシブル』はアメリカ映画で、アメリカと言えばキリスト教国ではあるのだが、意外にも多神教的な神のような表現でAIが表現されていた。といっても、キリスト教の神であるヤハウェもいるかどうかわからない存在なのだが。

 そうした中で、主人公であるイーサン・ハントも実は存在があやふやな人物。公式にはいないことにされているし、活動は極秘。神出鬼没に世界の名所に突然現れ、派手にカーチェイスをやらかした後、すぐに姿を消してしまう。今作のいるかどうかわからない存在・AIと対象となっている。お互いにいるかどうかわからない存在……そこで今作のテーマや描き方が決まっていったのだろう。
 しかしイーサン・ハントはいくら設定上“謎の人物だ”といっても、私たち映画を見ている人たちから見ればあまりにもお馴染みの人物。トム・クルーズになると、世界的有名人。そこで本当に謎の人物である“ガブリエル”が登場する。天使の名前を名乗っているから、AIを神とみなしている……というのがわかる。神の使者である一方、イーサン・ハントのシャドウとしても設定されている。イーサン・ハントとガブリエルは鏡を挟んだ裏と表の存在。どちらがこの世に存在する実在の人間であるか、という戦いが描かれていく。

 本作の公開となった時、ハリウッドでは大規模なストライキが展開していた。昨今のインフレに合わせた賃金是正を求めたストライキだが、サブテーマとなっていたのがAI。映画会社の偉い人たちは、撮影にAIを活用しよう……と考えていた。AIモブというものを導入し、無名俳優の顔・体をスキャンして、映画に登場させよう。AIモブとして利用した俳優に対してはノーギャラだ。「版権フリー」扱いになる。
 その都度金が支払われるならともかく、ノーギャラ。かなり狂気じみているが、映画会社の偉い人たちは、これを「グッドアイデア」として採り入れようとしていた。当然、俳優達は怒る。こういうところでも、「現場で働く人々」と「雲の上にいる人々」の間にある意識の差が見て取れてしまう。
 しかし実はこれもすでに通ってきた道。映画にCGが導入され始めた頃も、業界内で大議論が起きていた。所詮CGでしかない映像に価値はあるのか、凄みはあるのか。CGはなんでも描ける。これまで現場のスタッフが死ぬほど苦労して撮ってきたものより、上に来る存在なのか。それでスタントマンは失業するのか。
 CG映像が流行り始めた頃、映画に詳しくない人たちは逆に「しらける」という現象が起きていて、映像スタッフが頑張って作った映像を見ても「どうせCGなんでしょ」と軽く見るようになっていった。
 CGだから、どんな映像が出てきても、別に驚くこともなにもない……。なんだかおかしなことになっていった。
 そこで『ミッション・インポッシブル』のような映画は、俳優がノースタント、ノーCGで体を張る。奇妙に思える話だが、CGが出てくる以前は、俳優によるここまで大がかりで派手なスタントシーンはあまりなかった(ジャッキー・チェンをはじめとするカンフースターは別にして)。CGでなんでもできる時代になってから以降のほうがむしろ先鋭化している。しかも『ミッション・インポッシブル』は映画公開前に、トム・クルーズが体を張ってスタントをやっている場面がYouTubeで公開されている。「CG使ってませんよ!」というアピールのために、ここまでやるようになったのも、CG登場以降の現象だ。「俳優が本当に体を張っているから、CGよりも価値がある!」……批評家も一般の人々もそういう認識を共有している。そういう認識になっちゃったのも、CG以降だから。

 そして今、「AI」なるものが登場してきた。一般の人々がなにを言っているのか、Twitter(X)あたりで見ていると、やはり点々と出てくるのが「どうせAIなんでしょ」「AIだから別にたいしたことない」……。他にも「どうせAIだろ。わかるぞ!」という自分が賢しいことをアピールしたい一群も出てきている。
 ああ、CG導入時代にもあったなぁ……。時代は繰り返される。
 もちろん、AIはCG導入時代とまったく同じではなく、質的にもう一段階上を行く。CG映画が出始めた頃、その以前の特撮技術に携わっていた人々が「我々は化石だ」と言ったが、今度はCGクリエイターがこれを言う番がきてしまった。CG導入時代は、その以前の特撮スタッフはまだアニメーションスタッフとしての再雇用はあり得た。CGクリエイターは当時、アニメーションはぜんぜんできなかったから、そこでストップモーションをやっていた技師がアニメーターになっていた。AIはこういう人たちはまるごと「コスパ優先」の美名の下に解雇させていく。場合によっては恐るべき解雇者製造装置となる可能性がある。
 といっても、現状のAIが作り出す映像はどこか違和感がある。というのも、AIは別に美意識そのものを理解できているわけではない。人間を描いても、「人間の形」を理解しているわけではなく、人間の姿を一杯学習した上で、それによく似たものを再現しているだけ。「人間」を「人間」だとも思っていない。AIで出した絵はそのまま発表するわけにはいかず、結局人間がかなり加筆修正しないとダメ……ってことになっている。今のところ、かつての特撮スタッフがCGクリエイターを支えていたように、デッサン力・美意識を持ったスタッフがAI絵を支えるという構図ができている。……が、それもいつまで続くか。

潜水艦に搭載された、最強AI。しかし、そのAIが人間のために働いてくれるとは限らない。

 そうした時代に出てきたのが本作『デッドレコニング』だ。イーサン・ハントが戦うのは、存在するかどうかあやふやだけど、万能の存在のAI。どこにでもいて、どこにもいない。無敵の存在だけど、一方でイーサン・ハントを恐れている。こういうあやふやな存在と戦う……というのが本作のストーリー。しかしあやふやにしすぎると訳がわからなくなるので、使者として出てくるのがガブリエル。
 それで、こういう映画がある意味、“映画のこれから”を示唆している。CGでなんでもできるから、生身のスタントが称賛されるように、これからは「AIでなんでも描ける」時代になるからこそ、生身の人間が泥臭く戦う。結局「人間が凄い」ということに回帰していく。

今作のある場面。ノートパソコンがエンティティに乗っ取られて、ルーサーとベンジーはとっさにたたき壊す。ある意味、今作の意思を表明した場面。

 前半のある場面で「お前の一番大事な者は?」という問いかけが出てくる。そこで「友人だ」と答える。イーサン・ハントのチームでは仲間こそが一番大事。なぜなら危険な立場にいて、いつでも国から切り捨てられる可能性があるからこそ(今作ではこちらから国を捨てたのだが)、お互いが一番大事。仲間がピンチなら助ける。助けてもらう。そういう関係を作り上げている。だからこそ、絆の強さを一番大事にしている。
 これを最初のほうに持ってきた……ということは、これが後編にも連なるテーマになっていくのだろう。存在するかどうかわからない、無機質な存在のAI。万能な存在。それよりも明らかに劣るけれども、そこにいて、何かあった時にお互いに助け合える関係のほうがよほど大事。そういう存在が一番に信頼できる。そうしたテーマを展開していくのだろう。
 何かあったとしても、AIが助けてくれるわけじゃない。人を助けるのは人だ。
 最終的には「人間が凄い」「人間が成し遂げられるもの」が掘り下げられていく。10年後に見るとただの感傷かもしれないけれど、この映画そのものが「人間の在り方」のようなものを証明するようなものになっていくのかも知れない。


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