映画感想 ターミネーター:新起動/ジェニシス
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映画感想 ターミネーター:新起動/ジェニシス

とらつぐみ

 Netflixで『ターミネーター 新起動ジェニシス』を見よう!
 とその前に、まず『ターミネーター2』を見ましょうか。いや、どんな内容だったかほとんど忘れているので。思い出すために、まず『ターミネーター2』を見ることに。

ターミネーター2をもう一度見よう!

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 冒頭、未来からアーノルド・シュワルツェネッガーことT-800ターミネーターがやってくる。
 あひゃー! この頃のアーノルド・シュワルツェネッガーかっけー! 筋肉美しい! 最盛期の頃のアーノルド・シュワルツェネッガー最高に格好いいし、美しい! そして堂々たるヌード! いや、冒頭からいいもん見たね。

 敵役はロバート・パトリック演じるT-1000ターミネーター。この敵キャラクターは色んなところでうまく作れている。まず、警察官の格好をしていること。それだけで色んな人が油断して信頼してしまう。
 前半20分くらいまでは、ロバート・パトリックは人当たりの良さそうな表情で芝居をしている。実はロバート・パトリックこそがジョン・コナーを狙う殺し屋ターミネーターだった……と判明してからは、終始無表情で追跡してくる不気味なキャラクターに変貌する。芝居の良さもあるのだけど、ポイントは照明。前半20分は光が顔の正面から当たっている。それ以降は極端なキーライトのみになり、顔に濃い影ができるように撮っている。芝居と照明の効果がうまく組み合わさり、「不気味な追跡者」の雰囲気が出てくる。

 アクションの取り方だけど、追跡シーンがうまい。
 前半の水路の中を走るシーンだが、ジョン・コナーにショボいバイクに乗せて、その後ろを馬鹿でかいトラックが追跡してくる……という極端にショボい、極端にでかいで対比を取っている。しかも進路上にこれみよがしな障害物を置いて、ガツンガツン弾き飛ばしていく。  後半の追跡シーンでもこの手法は踏襲されていて、サラ・コナー達が乗る車がこれみよがしにショボい車。一方の追跡してくるほうは、巨大なタンクローリー。もちろん、わざとらしく進路上にいろいろ置いて、ガツンガツン弾き飛ばしながら追跡してくる。
 とにかくも、これみよがしに巨大なものを対比として見せる。巨大なものがただ迫ってくる、それだけで怖いと感じさせる。そういうシチュエーション作りがうまい。ショボいバイクに大型トラック……という組み合わせさえ思いつくことができれば、あとはどんなヘボな演出でも成功するわけだが、そこはジェームズ・キャメロン、アクション演出もバッチリだ。追われるジョン・コナー、追跡するトラック、それをさらに追跡する水路上のT-800という3つの状況を連続見せて、緊迫感を出している。こういうスケールの見せ方は『アバター』にも直接連なっていくうまさ。

 さらには、体を張ったスタントの数々。前半、水路でのチェイスシーンでは、バイクに乗ったままT-800が水路に飛び降りる。観ている方もヒヤッとくる凄いスタント。
 後半ではバイクでヘリコプターに突撃するシーンもある。最近だったらあまりにも危険なので、CGでやるようなスタントを堂々と披露してくれる。

 「最近ではやらないなぁ、こういうの」といえば、かなりあけすけな殺戮シーン。今だったらレーティングがどうとかがうるさいので、避けるようなところだけど、かなり露骨に人間を串刺しにしている描写を出してくる。
 サラ・コナーだけど前半はノーブラ・タンクトップで芝居をしているので、乳首影がしょっちゅう見えちゃってる。こういうのも、今では避けられる描写。この頃はまだ緩かったんだろうなぁ。

 最近ここまでやらないなぁ、といえば爆発シーンもしかり。あんな綺麗な爆破エフェクト、最近見てなかったなぁ。ものすごく綺麗な炎の塊がボッと巻き上がるのだけど、ああいうエフェクトは最近の映画では見てなかったような気がする。役者の近くで爆発を起こす時は、今ではほとんどCGだ。昔のような危険顧みずの撮影は少なくなった(良いことでもある)。

 で、ストーリーは
「未来からやってきた殺人ロボットから逃げるお話」
 以上。1行で終わる。
 ただ、この1行程度のプロットをどのように膨らませて映画するか。そこはアクションだったり、登場人物の見せ方だったり。例えば車を盗むシーン、T-800が無骨に車をぶっ壊して盗み去ろうとするが、ジョン・コナーがサンバイザーのところに隠されていた鍵を見つけ出して、「学習しなよ」……というやり取りがある。何でもないシーンだが、後になって車を盗む時、サンバイザーのところをさっとめくって鍵を見つけ出すシーンが登場する。
 こんなふうに、劇中の何気ない台詞ややり取りに無駄がない。どの台詞も、必ず後のシーンでその発展系が披露される仕組みになっている。他にも、ジョン・コナーとのやり取りで言葉を教わったり……という細かい積み重ねがあって、それらが最終的に感動的なシーンに繋がっていく構成になっている。
 脚本を書いたのはジェームズ・キャメロンだが、この人は脚本の名手でもあって、最新作『アバター』でもやっぱり無駄がない。作中の細かい台詞のやり取りが、必ず後のシーンで発展系が披露される仕組みになっている。『ターミネーター2』もプロットそのものは素人でも書けそうなシンプルな内容だけど、それをいかにゴージャスにエモーショナルに見せるか、という工夫があちこちに散らされている。
 ところで、ジェームズ・キャメロンはどうしてこんなシナリオの作り方をしたのか……というと前作『アビス』が盛大にコケたから。『アビス』のためにでかい予算をかけて全く新しい映像技術を開発したのだけど、これがコケた。私は『アビス』は大傑作だと思うのだけど、ストーリーやテーマが複雑で、当時の観客に響かなかった。
 ヤバい、次もコケると今後ハリウッドで仕事できなくなるぞ……! その危機感が、『ターミネーター2』のように徹底して絞り込んだシンプルさとゴージャスさが両立させた映画を撮らせるようになる。

 まあ、そうはいっても1991年の作品。見ると色んなところに時代感を感じる。夜のシーンでやたらとブルーフィルターを使ったり……。当時は色んな映画でブルーフィルターがよく使われていた。当たり前だが、カメラの精度は今時代のほうがいい。
 当時最新のCGも、いま見るとショボい。T-1000ターミネーターは当時、「いったいどんな魔法だ」と驚いたものだけど、現代だと光源が嘘くさい。
 やたらとデジタル技術ばかりが注目されてしまったが、実は結構アナログ。T-800が他の人間に擬態するシーンがいくつか出てくるが、あれは多重露光でもCG合成でもなく、双子俳優を起用している。T-1000はサラ・コナーに化けるシーンがあるが、実はサラ・コナーを演じたリンダ・ハミルトンも双子俳優。
 当時はCGといっても、パソコン自体そこまでスペックが高くなかったし、グラフィックソフトも充実しているわけではなかった。当時はT-1000ばかり注目されていたが、改めて観るとT-1000の登場シーンはかなり少ない。それ以外の様々なアクションシーン方が圧倒的に多かった。実際のCGシーンもさほど多くもなく、様々なアナログ撮影をうまく工夫して、今まで誰も見たことがないようなシーンの数々を作り上げた。要はその工夫のうまさと、アイデアの出し方。映画ってこうやって観ている人を気持ちよく騙すものなんだよなぁ……と考えさせてくれる。

 そうそう、アナログ撮影といえば、核ミサイルでアメリカの都市が吹っ飛ぶシーン。なんとミニチュアだ。このミニチュアがまた出来がいいんだ。ビルの外壁が吹っ飛ぶんだけど、その後に鉄骨が残るように作っている。サラ・コナーも皮膚が熱で炭化し、さらに衝撃で吹っ飛んで、その後に骨だけが残る……という描写もある。いったいどうやったらあんなミニチュアが作れるのだろう。きっと腕のある職人が作ったのだろうな……。

 1991年の『ターミネーター2』は今でも観られる作品だった。なぜなら、当時ポッと出のでしかなかったCGに頼り切っていないから。根本的には工夫を凝らされた特撮や、体を張ったスタント。時代を経ても、「すげー」と圧倒させる画作り。こういう作品は、10年後に観ても20年後に観ても、やっぱり面白いと言える作品になるのだ。文句なしの名作アクション映画!

ターミネーター 新起動:ジェニシスの感想

 さて、今回の本題である『新起動:ジェニシス』の感想文だが……。
 なんだか、「二次創作」って感じの映画だった。

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 まずアクションの撮り方。これが良くない。
 『ターミネーター2』では、わざとショボいバイクやショボい車に乗せて、追跡する方はこれみよがしのデカいトラックでずんずん迫ってくる……。このスケールの対比がうまかった。もはや、乗っているのが誰であろうとも、画面を見るだけで「怖い」と思わせるシチュエーションを練って、さらに怖いロボットモンスターが乗っている……という相乗の効果を作っていた。これがジェームズ・キャメロン『ターミネーター』の良いところ。
 今回も不気味なロボット兵器に追跡される……というシチュエーションは変わらないのだけど、「追われる恐怖感」が全くない。というのも、「シチュエーション」ではなく「キャラクター」のほうを重視しているからだ。T-1000ターミネーターが追跡してきて、しかも技術の発展でCG使いまくりなのだけど、T-1000が迫ってきている状況の怖さというか、画面上の圧迫感がない。追跡する物の問答無用の怖さを表現せず、キャラクターのみを重視して描いているから、画面がどうにもチマチマした感じに見えてしまう。

 銃器の使い方もよくない。『新起動:ジェニシス』ではシーンによって銃器の性質や威力がコロコロ変わったりする。それだど、シーンに真実味が現れない。
 あるシーンではT-800に銃を撃ったら突然皮膚が燃えあがって中の機械が剥き出しになり、続くシーンでは、もう一発撃つと頭部がぴょーんと飛び跳ねてしまう。
 そうはならんやろ。
 どうにもそのシーンだけの外連味だけを重視して、銃器の性質を無視してしまっているように感じられる。
 『ターミネーター2』にだって嘘は一杯あったけれども、まず銃の種類によって、どのような性質や威力が違うのか、かなりきっちり示されていた(これも車両の見せ方と同じく、対比で示される)。普通のガンとガトリンクガンとグレネードランチャーで威力の違いがくっきり示され、それ以上の威力が突然発生するようなシーンがほぼなかった(しかも使う銃器によってキャラクターの表現にもなっていた)。その世界観におけるルールはきっちり守っていた。だから誇張があっても、展開に嘘っぽさを感じない。
 一方の『新起動:ジェニシス』はどのシーンを見ても嘘っぽく感じてしまう。その時々の迫力を出そうとして大がかりなシーンを作ったりするのだが、そうするたびに嘘くささの方が際立ってしまう。後半のバスが突然はじけ飛んで、道路上をゴロゴロゴロと転がっていき、橋の端っこ引っ掛かるシーン。「そうはならんやろ」とまず思うし、そういうシチュエーションを作るためにそうやったんでしょ、というわざとらしさが出てしまっている。
 ヘリコプターでのチェイスシーンにしても、どのシーンを見ても嘘くさい。CGだから、今まで以上に無茶な建物にぶつかるスレスレの描写が出てくるのだけど、「どうせCGだから」という前提があると、どの瞬間も嘘くさく思える。
 『ターミネーター2』は本物のヘリコプターを飛ばして、橋の下をくぐらせるというスタントをやっていたから、凄みがあった。『新起動:ジェニシス』は全部CGで、実際には起きないであろう挙動ばかりが連続するので、嘘くささしかない。

 シナリオも欠陥だらけだ。
 カイル・リースが1984年に戻り、サラ・コナーを守るという任務を受けるのだが、行ってみるとすでに何かしらが起こっていた。1984年という時代も変化が起きていて、何者かがさらに前の時代にターミネーターを送り込んでいて、サラ・コナーは戦士として戦っていた。
 ……というあらすじだけを聞いて、だいぶワクワクしていたのだが、始まってみると「ちょっと待て」の連続だった。
 過去にいった時点で、なぜかカイル・リースの記憶の中に、あるはずのない記憶が紛れ込み始める。それは別世界線におけるカイル・リースの記憶だというが……。
 そこから引っ掛かるのだが、でもスルーするとして。問題はそれが、次の展開を作るためのご都合主義にしか見えなかったこと。どうしていきなり2017年に行くことになったのか、なぜカイル・リースはその時代に確信をもって提案したのかがわからない。
 最終的に、サラ・コナーが少年カイル・リースにメッセージを残していくのだが、それが設定上の整合性を取るための無理矢理感が出てしまっている。設定を合わせるための都合で台詞があるだけで、ドラマ上の必然がない。だから少年カイル・リースにメッセージを残すシーンにハッとするような感動がない。
 カイル・リースは使命を受けてサラ・コナーに会いに行くのだが、会うと口論ばかり……。いや、使命はどうしたんだよ。ジョン・コナーに対する忠誠心はどうしたんだよ。自分の使命を忘れて、自分を守るべき相手と喧嘩ばかりする……というシチュエーションにもわざとらしさしかない。これはとりあえず口論させて、後で仲直りするパターンだな……というテンプレート通りの描写になってしまっている。
 そうそう、T-1000がカイル・リースに化けるシーン、サラ・コナーはニセモノを特定して脚を撃つのだが、どうしてニセモノを特定できたのか説明がない。「なんとなく」で進めてしまっている。この「なんとなく」で進めてしまっていることが、『新起動:ジェニシス』の脚本の問題点だ。

 これはどうにも、ジェームズ・キャメロンのシナリオを読み違えている感がある。
 ジェームズ・キャメロンの脚本は確かにスマートだが、隙はない。一見シンプルに見えるけど、隙のないシナリオを書く。ジェームズ・キャメロンはシナリオの名手だから、本当はガチガチの複雑なシナリオを書こうと思ったら書ける。でも『アビス』でそれをやったら売れない……ということを理解したから、以降は徹底して色んな要素を排除し、凝縮したシナリオを書くようになった。
 それがパッと見でスマートだから、「誰にでも書けそう」という気がしてしまう。
 誰でも書けそうと、実際に書けるとははっきりと違う。書けたとしても、それを面白くできるかどうかは別問題。それこそ、ジェームズ・キャメロンのシナリオは、文字情報を越えた「秘伝のタレ」だらけで、それを読まなくてはならない。
 『新起動:ジェニシス』はもともとのジェームズ・キャメロンのオリジナルシナリオがシンプルだから、それに少々の複雑さをスパイスとして入れれば、面白くなるんじゃないか……という発想はいい。でも「スマート」と「雑」を履き違えている。『新起動:ジェニシス』はオリジナル『ターミネーター』のシナリオを引っかき回した結果、なんだかわからない歪な化け物になってしまっている。
 まず、シナリオはストーリーの展開を書くだけではダメで、どのようなシチュエーションを作るか、そのシチュエーションで映画的な画として面白味が出るかどうかまで描き出さなくてはならない。それこそ、わざとショボい車に乗せて、その後ろからバカでかいトラックに追跡される。そこで追跡車の恐怖が表れてくる。ジェームズ・キャメロンはシナリオの段階で、そこまで練られている。

 一方の『新起動:ジェニシス』は対比の発想がないから、どのシーンにも怖さが表現されていない。小手先のCG技術に終始し、それが一見派手なのに薄っぺらさに繋がってしまっている。
 それに、過去作の名シーンや名台詞がパロディとして扱われている。「I' ll Be Back」も変な場面で唐突に出てくる。これが過去作への侮辱にすら感じる。これが『新起動:ジェニシス』の二次創作っぽさをより強調してしまっている。
 新ターミネーターであるT-3000も今ひとつ個性を出し切れていない。単に、ジョン・コナーを敵として登場させたいが為の、無理矢理な発想に思える。あれでは、「不気味な追跡者」として怖さは出てこない。「CGだから何でもあり」という発想に甘えれば甘えるほど、想像力の欠いた発想ばかりになる。ターミネーターは無表情で問答無用に迫ってくる……という恐怖感をまず表現しなければならないが、それが『新起動:ジェニシス』には欠けていた。これら全てが「新シリーズ」や「続編」ではなく「二次創作」という印象を深めてしまう原因となってしまっていた。ファンが作った二次創作映画……という感じだ。

 でも、もしもこれが『ターミネーター』ではなく、なんでもないごく普通のアクション映画だったら、そこまでの批判は受けていなかったのではないか……という気がする。というのも、よくあるハリウッドアクション映画としては普通のクオリティだからだ。この映画の一番の問題は、タイトルに『ターミネーター』の名前を載せたこと。あの『ターミネーター』のタイトルが付いていなければ、「まあ普通のアクション映画じゃない?」くらいの評価は受けたのではないだろうか。私もこれが『ターミネーター』ではなく、別のシリーズタイトルが付いていたら、ここまで「おい待て」とは言わなかった。
 という以前に、『新起動:ジェニシス』は『ターミネーター』でもない、何か奇妙なものでしかなかったが。


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とらつぐみ
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