マガジンのカバー画像

回し読み

130
ぺけぽん
運営しているクリエイター

#また乾杯しよう

プロに打ちのめされた後

ちょっと前の私は調子に乗っていた。それは #また乾杯しよう で短編小説をピックアップしてもらったからかもしれないし、たくさんの個人企画に参加しまくって良さげな反応をもらっていたからかもしれない。 甘かった。 最近、プロ脚本家の川光俊哉さんから、短編小説に講評をもらう機会があった。Twitterで「無料で講評します」というお知らせが流れてきたので飛びつくようにメールを送ったのだ。後日「あなたの記事が話題です」という通知に心躍らせて記事を開いたところ、期待とは反対に、ザックザ

『いろいろあった』

「昔いろいろあって」 「みんないろいろあるよ」 この言葉を聞くたびに思ってしまう。 玉石混交な人の経歴を"いろいろあった"で勝手に集約しないで欲しいと。 あるいは、そんな言葉でまとめられるような出来事しか経験してこなかったのかと。 今でも思い出すたびに苦しさのあまり身悶えして転げ回りたくなるような、"いろいろあった"なんて言葉ではとても表現できない、あの記憶。 少し昔の話をしよう。 ------ 北関東の農家に生まれた僕は、幼いころから身体が大変に弱かった。 ちょ

オンライン飲み会なんて、大嫌いだ

 「みんな元気なの? 陽子ちょっとなにそれ。水じゃないよね?えー!まじで水なの。 香織は?安定のビールね。 多田!ワイン!何それそんなイメージないんだけど。私はねノンアルビール。 いやあの…あのね…。この年になってアレなんだけど…妊娠…12月予定。来年…来年は会えるかねえ。生まれてたら、お盆の頃には8…9カ月? さすがに居酒屋には連れて行かないか。はは。 里中はー? 何飲んでるの。何も? あれ、何も飲んでないんだ。香織のビール、すっごい濃い色だね。なんのビール?」 変わらな

ビール、アンド

2年前、学生時代の友だちが営んでいるカレー(とクラフトビール)屋さんをはじめて訪れた。 彼女(Aちゃん)は頭がよく、ちゃんとした企業で働いた上で、脱サラして旦那さんとともに店を出していた。いっぽうの私はといえば、心身ともに脆弱でうだつの上がらない20代を過ごし、結婚しミニマムな生活を送っていた。子どもがほしいなあ、なんてことも考えていたころだった。 珍しく体調の良いある日、ふと思い立って夫とAちゃんの店へ出かけることにした。お店は、高円寺から高架下を抜けた先、集合住宅の1

積み重ねた日々、不器用な乾杯

幼い頃から、人生は「本当」を探す旅だった。 ずいぶん大人になってからも、本当の目標とか本当の人生とか、そんなものを見つけたくて必死だったように思う。 そんな調子がつづき、迷子のピークを迎えた29歳のときに決めたのが海外へ行くことだった。 すべての段取りが整ってから家族に報告した。父は驚きと呆れが入り混ったような声色で言った。 「何?アメリカ行くやと? おまえもう30になろうもん なんば言い出しよっとか」 お父さん、話があります。 私がそう切り出したから、てっきり結婚宣

父よ #また乾杯しよう

「こういう話は、飲んでる時じゃない方がいいかもしれないよ」 2019年1月、僕が父に自分が同性愛者だとカミングアウトをした際、父はそう言った。 酒が好きな父から出た言葉とは思えないひと言だった。       新型の感染症が流行し、外出や外食はめっきり減ってしまった。 特に居酒屋やバルは自粛ムードになってから足を運べていない。 代わりに自宅での晩酌の頻度はぐっと上がった。 週末にたまに晩酌をする程度だったのが、休肝日を設けながら平日もアルコールを口にすることが珍し

ウソをついても会いたかった人

「じゃあ、こちらへは前泊ですか? でしたら、ぜひ一杯どうです?」 「あ、いえ…… そちらへは、朝イチで参りますので。また次の機会にお願いします」 仕事の相手先に、ウソをついてしまった。 本当はアポの前日、最終便の飛行機で夜着くことになっていた。 でも、私には、ウソをついても会いたい人がいた。 彼女のことを知ったのは、文章鍛錬にと始めたSNSだった。 彼女は、自分が抱えている苦悩を赤裸々に語っていた。書くことで、悩みと真剣にぶつかっていた。上手く書こうとか、読まれるように書こ

グラスの音は時を超えて

キンとグラスを合わせる音が、ぼくらをあの日に連れていく。 お酒を飲むようになって10年余り。仕事でプライベートで、それなりの回数の盃を交わしてきた。浴びるように安酒を飲んだことも、おそるおそる高級酒を口につけたこともある。 景色ゆらぐ居酒屋の座敷、後ろのテーブル席の会話が気になる行きつけのカウンター、思いつきで友人と夜な夜な集まる近所の公園。ときには、誰にも(妻を除く)咎められない家のリビングで。 そこに、いつも乾杯があった。喧噪を切り裂くようなそれも、心の内を確かめ合

今月のイチオシnoteクリエーターズ(2020年8月)

ヤマシタマサトシさんが2020年4月まで続けていた「月末恒例、勝手にオススメのnoteクリエーターを表彰して褒め称えて1000円サポートするコーナー!!!」をご存知ですか? コロナ禍の深刻化とともにnote/twitterとも停止されているヤマシタ兄貴の復帰を心待ちにしつつ、「留守の間にこんなに素敵な人いたよ」というメッセージを込めて、《候補出し》までしておこうと思います。 ・note内で初めて知った人 ・noteでのフォロワー数が1000人未満 ※twitter側のフォ

お決まりの乾杯は、お決まりの仲間と、お決まりのビールで。

 特別なビールがある。  それがクラフトビールや、せめてギネスだとしたらサマになるかもしれないが、違う。  極めて大衆的だけど、わたしには特別なビール。コンビニでもスーパーでも、いつでも手に入るけれど、1人では買わないビール。 ■■■ 「岩下さんって、大学はどこ?」 「へぇ、サークルは?」 「あぁ、テニサーか。」  「あぁ」と続く表情には「毎晩飲んで騒いで、チャラチャラ遊んでいる名前だけテニスなサークル出身か」といった含みを感じることがある。  相手に悪気があるわ

三杯目のレモンサワーと逆転の神様に祈り

この世に神様がいるなら、土下座してもいい。 枕営業でも何でもするから、就職先を決めてほしい。 難なく駒を進めてきた人生のスゴロクで、「一回休み」を何回続けているのだろうか。 賽の目が5でも6でも、もう一歩のところでゴールでも、マスを戻り、戻り、また戻り。 結局、ふり出しに戻っているではないか。 気が付いたら大学4年生の夏。 周りの友達は既に内定というゴールに駒を進め、残り少ない大学生活を満喫している。 ひとり残された私はというと、エントリーシートから数えて37連敗。 暗黒

あの場所で、もう一度【掌編小説】

「やっぱり付き合うのはやめましょう」  そんなLINEを送ったのは、彼からの告白を受けいれてから、わずかに3日後のことだった。 ◇◇◇◇◇    お互いに音楽が好きで、初めて出会ったのもフェスの会場だった。事前にSNSでつながっていたから、何となく人となりは想像していて、悪い人ではなさそうだったけれど、いい年して漫画やアニメが好き。率直に言えば、「キモオタ」と言われるような根暗な人が来るのではないかと勝手に思っていた。今から思えば、この勝手なマイナスイメージがギャップ

連作短歌「リモート飲み」

またすぐね、と別れて半年がすぎわたしは空豆が好きになった パソコンの内蔵カメラすれすれにグラスを寄せたらミスって「ゴツン」 「たこ焼き器でアヒージョつくってるんやけど」「うっわ食べたい!」「やんなぁ、ざんねん!」 顔を見て声も聞こえるでもきみの空のグラスにビールはつげない ひらべったいせかいのなかにいるきみとはなすわたしもひらべったくて OFFボタン笑顔で押して顔筋がもどって あれは夢だったかな なんとなく戸棚をあけてチョコパイを食べてるいまのきみを知らない マ

餃子 1

餃子 2 餃子 3  目が覚めた時、自分がどこにいるのか全く分からなかった。 「こちらですよ」  という女性の声がして、金属的な音がした。部屋のドアが開いて、看護師さんと共に入って来た男の人が誰なのかもさっぱりわからなかった。  その人は若いけれど自分より少し年上の、20代前半ぐらいだろうか、白いポロシャツに黒いズボン。真面目そうな印象だったが、表情には強い陰りが見えた。  誰だろう。  誰ですか、と聞こうか迷った時、向こうが先に口を開いた。 「父さん……」  父さん?