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三杯目のレモンサワーと逆転の神様に祈り


この世に神様がいるなら、土下座してもいい。

枕営業でも何でもするから、就職先を決めてほしい。
難なく駒を進めてきた人生のスゴロクで、「一回休み」を何回続けているのだろうか。
賽の目が5でも6でも、もう一歩のところでゴールでも、マスを戻り、戻り、また戻り。
結局、ふり出しに戻っているではないか。

気が付いたら大学4年生の夏。
周りの友達は既に内定というゴールに駒を進め、残り少ない大学生活を満喫している。
ひとり残された私はというと、エントリーシートから数えて37連敗。
暗黒期の横浜ベイスターズでもこれだけ負けが続くことはなかっただろう。
しかし、最近また連敗していた気がして、思い出したようにスマホでスポーツ速報を見ると、今日も負けているではないか。

「次は西荻窪駅」のアナウンスではっとする。
ため息をしながら電車を降り、帰宅ラッシュの波に埋もれる。
ぶつかる人の感触さえ鬱陶しく感じてしまい、こんな自分に嫌気が差す。
北口を抜け、パスタサラダでも買って帰ろうと思ったところで、赤い鳥居の存在を思い出す。セブンイレブンを通り過ぎ、八百屋さんの隣に据えられた鳥居まで向かう。


大きな鳥居の前で偉そうに立ちながらてっぺんを見つめる。
こんなところに鳥居があるのがまず謎だが、鳥居があるということは神様がいるということなのだろうか。
私はなんとなく一礼して、下をくぐる。

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路地裏の道を突き進んで、どんつきにあるレトロな雰囲気の居酒屋。

「テンセイ」

神社ではなく、こんなところに居酒屋があったなんて。いろんなことを忘れたくて、いろんなことを思い出したくて、暖簾をくぐる。


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店内も昭和の匂いに包まれ、平成生まれの私でさえ懐かしくなる。
レコードが回り、黒電話が鳴り、TVでは野球中継が映り、笑い声が店中を駆け巡る。
あたたかな賑わいが、お酒のペースを早める一番の源になる。
私は一番端のカウンター席で、鶏白レバー刺をつまみにレモンサワーを飲む。
どのメニューも美味しそうで、次は何にしようかと考えるだけでも楽しい。

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店内のTVでは巨人対横浜の3連戦。
7回表。まだ負けている。
今日も負けるのかと思うと、自分と重ね合わせて現実に引き戻される。

この先続く人生の、「新卒」という貴重なスタートライン。
大学生にとっては輝かしい2文字が、今の私にとっては閻魔様のように恐ろしく見える。
そんなに「新卒」がいいのか。そんなに「内定」が欲しいのか。
就活を進めていく中で、もう自分がどうしたいのか分からなくなってきた。
自己分析も、他己分析も、SWOT分析も。
いわゆる自分の「芯」がないから、どうしようもない。


レモンサワーをおかわりする。


そりゃあ、こんなんじゃ負け続けるだろう。
そこまで知らない会社について一夜漬けで暗記して、ほんの数分で軽い想いを吐き出す。
面接官達は、あんな作り笑いで何を考えているのだろう。
たかが6〜7年働いた会社で、「一生一緒に働きたいと思える人」を探す仕事を、この先もずっと続けるつもりだろうか。
鶏白レバー刺につけたワサビとニンニクがツンと鼻に香る。ほどよい辛みのはずだが、レモンサワーで流し込む。
TVに目をやると、8回表、巨人の攻撃。相変わらず3点差で負けている。

それでも、やっぱり負けたくない。


「芯」があるとするならば、「負けっぱなしは嫌だ」
働くのは嫌だけど、負けるのはもっと嫌だ。
惜しいところまでいって、最後に負けを宣告される苦汁は2度と味わいたくない。

最終面接まで進んでの「お祈り」がこれまでに2回。
そして、今日、3回目の最終面接を終え、結果を待つ。
ここまでの負けをひっくり返すような、大逆転の結果を。


レモンサワーを、もう一杯頼む。
グラスに入れると炭酸が氷にぶつかり、残った気泡がシューシューと天に上がる。
一口、一口、一口と無心で喉を潤す。

もし、神様がいるなら、本気でお祈りしたい。2度あることは3度ある、いや、3度目の正直ということで。



鳥居の向こうの神様、どうかひとつ、お願いします。



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ふと、TVを見ると9回裏。ツーアウト満塁、横浜の攻撃。
一打出れば、逆転の場面。
手に汗握る展開を無視するようにスマホが鳴り、「採用担当」の文字が光る。
私は三杯目のレモンサワーに一礼二拍手して、「応答」ボタンを押す。



バッターが打った打球は、大きな鳥居さえも越えるほど高く、フェンスの向こうへ吸い込まれていく。
「大逆転」と張り上げる実況の声。



笑顔と一緒にレモンサワーの炭酸が弾けて、宙に飛ぶ。涙がこぼれ落ちないように天仰ぐ私。
神様は本当にいるんだ、と年甲斐もなく思う。




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テンセイ

東京都杉並区西荻北3-2-11
ハイツそれいゆビル 1F

詳細はInstagramにて


※この物語は、実際に存在する飲食店を舞台に描きました。物語に出てくるメニューは実在します。写真も実店舗の風景です。
お近くの方は、ぜひ足を運んでみてください。

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