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マジカル檸檬

「レモン」と聞くと、可愛らしいのに酸っぱい黄色い果物を思い出すが、「檸檬」と聞くと、梶井基次郎の小説を思い出すのは私だけでないはずだ。


あれは高校2年生から3年生の時、我が校の国語教師が立て続けに変わった。

1人目のA先生は、それはそれは生徒から嫌われていた。
テスト中に携帯電話(あの頃はギリギリまだガラケー)がバイブレーションした際には、犯人捜しに精を出した。
名乗り上げるまで教室から出さないからな、と半ば脅迫。アラサーになった今、「そんなに怒ることかいな」とはっきり思う。

2人目のB先生は、それより少しマシだった。のだけれど、とにかく清潔感がなかった。
恐らく煙草でいつも体臭が臭くて、視力の悪い特別席の生徒達には最悪だ。
その上、くしゃみするときに手で覆わず、「これがインフルだったら皆さんにうつっちゃいますね(笑)」と山月記の途中で笑って言うような教師だった。
「先生、手で覆ってください」堪らず言った私もそう、特別席の生徒だった。

A先生に続きB先生もパッタリ姿を消した。


そんな不安定な私たちの国語のクラスに、3人目のC先生がやってきた。
確かC先生は当時20代後半くらいで、色が白く線が細く、パッと見「インドア派だな」と思ってしまうような男性教師だった。
前任達よりもずっと若かったC先生は、どこか頼りなさげな印象だった。

そんなC先生の初授業は、梶井基次郎の「檸檬」だった。
前任達によって投げ捨てられた檸檬は、中途半端な状態で、私たちにとっては「レモンって漢字で書くと檸檬らしいよ!」だけが唯一の学びだった。

頼りなさげなC先生が教室に入ってきた。
「どこまでやりましたかね?」と言って、C先生の授業が始まった。


初めての授業が終わって、こんなに楽しい国語の授業は初めてだと友達と話した。C先生はイキイキと、難解な小説「檸檬」を解説した。それだけでなく彼は小説の技法についても言及したのだ。
「こことここがね、繋がっているんですよ」授業のクライマックス45分くらいに、心の中で「おおーほんとだ!」と思ったのを覚えている。

ただ受験や教育マニュアルに沿うだけじゃなく、現代文を楽しく読み解くことを教えてくれたC先生の授業を私は大好きになった。


少しして、受験を何とか終え、ついに高校卒業の季節になった。
各教科のラスト回では、先生から生徒へ激励の言葉があった。


最後の国語の授業を終えて、C先生は私たちにこんな言葉を残した。

「隣の友達や他人はあなたを裏切るかもしれないけれど、本は裏切らないんですよ。本はあなたの親友です。だからもっと本を読みなさい。」
ざわめく教室で「いや、先生も友達いますけどね」と小声で補足した。


学生時代、別れの季節の度に、沢山の先生達からメッセージをもらった。しかし、10年たった今も覚えているのはC先生のこの言葉だけだ。

別に、だからと言ってそれから何百冊と読んだわけでも、読書家なわけでもない。
それでも、自分が上手くいっていないときや、もっと良いニンゲンになりたい、と思えば本を手に取る。スマホの代わりに見る本は、罪悪感や虚無感を私に与えることはない。本はどうやら裏切らないのは事実のようだ、と10年越しに感じる。

スーパーで見かけたレモンから、C先生のメッセージをふと思い出した。
マジカル檸檬。


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