ダニー・マイヤーの経営哲学が素晴らしい。
彼はユニオン・スクエア・ホスピタリティ・グループ(USHG)の最高経営責任者として知られており、主にレストランビジネスを手掛けている。日本ではあまり有名な経営者ではないかもしれないが、ハンバーガーショップ「シェイクシャック」の創業者と言えばピンとくる人もいるだろう。
最近、彼が出版した本「おもてなしの天才 ニューヨークの風雲児が実践する成功のレシピ」(原題:Setting the Table: The Transforming Power of Hospitality in Business)を読んだ。
コンパクトな本でありながら、どのページも金言だらけだったので、気になる点を note にまとめてみた。飲食店関係者だけでなく、「おもてなし」に携わる人たちに是非読んでほしい一冊である。
□ ホスピタリティはビジネス哲学の基盤である
ダニー・マイヤーは、レストランの総支配人として「ホスピタリティ」を第一と考えている。しかし、利益を優先するのがビジネスマンであり、当然「数字」も気にしなければならない。そんな彼が紆余曲折を経て分かったのは、「ホスピタリティはビジネス哲学の基盤」である。ホスピタリティがあるからこそ会社は成長するのだ。
□ ホスピタリティについて
ダニー・マイヤーのホスピタリティ精神は、大学生の頃に父親が経営する旅行会社を手伝う中で育まれた。ツアー客の中で一番気難しそうな人を見つけ、ツアーの終わりにはその人の旅が特別なものになるように工夫していた。たとえば、ローマのアットホームなトラットリアに連れていき、絶品料理を教えてあげた。お客さんはもちろんのこと、お店のオーナーにも喜んでもらえることができ、両者からチップをもらっていた。
ダニーマイヤーは、サービスは「独り言」、ホスピタリティは「対話」であると言っている。サービスは一方的なコミュニケーションだが、ホスピタリティは双方向性があるコミュニケーションなのだ。そして、ホスピタリティはチームスポーツのようなもので、チーム内の攻守の連携が大切である。
ダニー・マイヤーがパリの三ツ星レストラン「タイユヴァン」で素晴らしい時間を過せたことに礼を言ったとき、支配人のジャン・クロード・ヴリナは謙遜して次のように答えた。このときの経験は、自分なりのホスピタリティを磨き続けることの大切さを教えてくれた。
サービスが過剰なことをホスピタリティとは言はない。「サービス」と「ホスピタリティ」は別物で、両者があって最高の店になれる。
□ お客さんに興味を持つ
注意深く観察すると、お客さんを心地よくもてなすための情報を得ることができる。お客さんを気分よくさせることができると、お客さんはお店のファンになってもらえるかもしれない。ファンのような固定客を持つことは、レストランにとって重要だ。
ダニー・マイヤーは、マネージャーに「ABCD(Always Be Collecting Dots)」を指導している。これは、いつ何時も点々を集めるという意味である。「点」は情報で、「点々を集める」とは情報を収集することである。つまり、「情報収集を常にしなさい」と言っている。
情報は、表情といったお客さんが発するものだけでなく、店内の湿度、ニオイ、騒がしさ、店のスタッフ(楽しく働いているか、仕事に集中しているか)などを含む。
情報が多ければ多いほど点々つなぎがしやすくなり、これはお客さんを気分よくさせるだけでなく、ビジネスで利益となるような重要なつながりも生みやすくさせる。
人は素晴らしい体験をしたら他の人にシェアしたくなる。たとえば、失敗体験があってもその結末がよければ、それはおもてなしの「伝説」となり、人はそのことを話したくなる。
点々集めをしてお客さんを喜ばせると、いい口コミとなるかもしれない。いい口コミは巡り巡って新しいお客さんを連れてきてくれる。いい口コミのタネをまくためにも、点々集めをすることは重要である。
食事を提供するだけでなく、人という点を結びつけるミートアップのようなこともしている。人と人を結びつけることは、コミュニティ作りにも役立っている。
テクノロジーを活用して点々集めをすることも可能だ。
□ 既存のルールに縛られない
ダニー・マイヤーは、新しいレストランを考えるとき、自分が愛することをメインテーマにし、さらに自分が楽しめることを大切にしながら、それに合う新しい「場(雰囲気、状況)」を想像している。だから、既存のルールに縛られず、既存の筋書きに新しい何かを加えるようにしている。
たとえば、今となっては目新しくないが、国際的なワインリストを作ったり、リストのワインを原産地ではなく風味で分類したり、お客さんに向けて年に2回ニュースレターを発行したり、カジュアルに高級レストランの料理が食べられるなど、当時では新しいと思われていたことを色々としていた。
お店を「フランス料理」「インド料理」のようにカテゴライズするのは常識的だが、「ユニオン・スクエア・カフェ」は型にはめるようなことをしなかった。
「立地」よりも「場」を優先とした店作りをすると、自然と既存のルールから外れた新しいものとなる。
当時、人気のバーベキュー店は都心から離れたところにあることが多かった。だが、ダニー・マイヤーは友人のバーベキューに魅了され、都心にバーベキュー店を開くことにした。田舎のバーベキュー店という「場」のいいところとニューヨークらしさを織り交ぜ、「ブルー・スモーク」を開店した。
ダニーマイヤーは、高ランクのレストランで食事をする予約を手配するとき、ひとり客であるために断れることが多かったことを経験していた。なので、自分の店ではひとりの客でも受け入れるようにし、他の客と同じように大切にもてなすようにしている。
ニューヨーク市がレストランでの禁煙を推し進める(1995年)よりも早くお店を禁煙にしていた(1991年)。
「お客様は神様」という言葉にあるように、お客さんを一番大切にすべきだと考える人たちは多い。一方で、ダニー・マイヤーは、一番大切なのは「従業員」だと考えている。従業員を大切にすることが、結果的にお客さんを大切にすることに繋がるのである。(詳しくは後述の「開かれたホスピタリティ」を参照。)
「シェイクシャック」は元々チャリティーイベントに出店するホットドッグの屋台だった。安くて超おいしいホットドッグだったので、大人気となり、市の公園管理局からマディソン・スクエア・パークに常設の店を開くオファーをもらって開店した。
ウェブ予約を導入することになったのも、お客さんのためだった。
□ 事業拡大よりもブランド確立
核となるブランドが確立していないのに、事業を拡大するのはビジネスにおいて基本的な間違いである。起業したばかりであれば、事業を拡大する前に、自分たちのことをよく知り、一番になれる分野でブランドを確立することが重要である。
ダニー・マイヤーのレストランが素晴らしいのは、コミュニティと密接な関わりがあることである。ニューヨークのユニオン・スクエアに初出店するとき、父親からあるアドバイスを受けて店名を「ユニオン・スクエア・カフェ」にした。当時、ニューヨーカーにとってユニオン・スクエアは特別に良い場所ではなかったが、サンフランシスコから見れば一等地だった。「お前の店が、ニューヨークのユニオン・スクエアを一等地にするんだよ」という父親のアドバイスは、自分たちのレストランがコミュニティの繁栄に貢献するという考えの元となった。また、コミュニティの繁栄があるから自分たちのレストランが繁栄するとも考えている。だから、主体的にコミュニティと関わり、コミュニティへ積極的に投資している。そうしているうちに人々はコミュニティに素晴らしいことをしてくれるお店として認識し始め、食事を通して応援したくなる。他のお店もコミュニティと寄り添うようなかんじで出店されている。
□ スタッフの採用&育成
ホスピタリティというチームスポーツで優勝するには、素晴らしい人材を採用し、彼らにいい仕事をしてもらう必要がある。
ダニー・マイヤーが求める理想な人材は、情緒面での能力が51%、技能面での優秀さが49%の人である。多くの人手を必要とするレストランにとって、この条件を厳しく守ることは難しい。しかし、条件を満たす人材でなければ、人材不足でも採用を見送るべきだと考えている。
情緒面での能力が51%の人たちには、5つのスキルがある。
「トレイリング」と呼ばれるシステムを導入し、研修と面接試験を同時に行っている。そうすることで試用スタッフが自分たちの求める人材かどうかを判断することができる。また、試用スタッフは、自分が働こうとしている会社が雇い主としてふさわしいかどうかを実際に働きながら判断することができる。
ダニーマイヤーは、採用担当者に次の3つの仮定を立て、自分の直感がどういう反応を起こすのかを参考するようにと言っている。3つの仮定すべてで肯定的な答えが思い浮かべば、採用したほうがいい。
採用が会社にとってプラスとなるかどうかも見る必要がある。
コストをかけて新聞や雑誌で求人を出しても、ひとりも採用できないことがある。そんなときは工夫して求人する必要がある。
レビューサイトや雑誌でお店の評判がよければ、よい人材が集まる可能性も高くなる。
採用だけでなく、優秀な従業員たちに長く働いてもらえるような環境づくりを整えることも重要である。
ホスピタリティはチームスポーツである。個人が活躍することは素晴らしいが、「個人の勝利はチームのもの」だと思える人でなければならない。
優れたシャンパンを作るように優れたホスピタリティチームを作り、どのお店でも共通した一貫性のあるおもてなしを提供するように努力する。
□ リーダーの役割&育成
レストランの現場リーダーはマネージャーである。いいマネージャーがいることで、チームとしていい仕事ができる。経営者はマネージャーが自分の分身となって動いてもらえるように、会社が大事にしていることを伝えなければならない。
マネージャーの役割や育成については、次のように語っていた。
リーダーは人の上に立つ存在なので、ある程度の影響力を持つ。影響力は使い方次第で良くも悪くもなることを忘れてはいけない。
リーダーは、恐怖で人を支配しようとするのではなく、他者を信頼するチーム作りをするべきである。「恐怖による経営」と「信頼による経営」では、次のような差異が生まれる。
リーダーは、「だれが、なにを、いつ、なぜ」知るべきかを理解したうえで、情報を伝える必要がある。自分に影響のある決定について事前に知らされないと、人は混乱し、怒り、傷つく。
ダニー・マイヤーは情報を事前に伝えることの重要性を「スイレンの葉」という理論で説明している。
景気が悪いときにこそ、リーダーの手腕が試される。リーダーは、来客数が少ないから収益が少ないとただ静観するのではなく、クリエイティブな発想で困難を乗り切る必要がある。
リーダーは「自覚」が大事である。
□ メディアとの付き合い方
ビジネスが大きくなると、メディアで批評されるようになる。最近ではマスメディアだけでなく、個人がSNSを使って批評している。メディアはいいときには味方になり、悪いときには被害を与える存在で、「諸刃の剣」だと言える。メディアとうまく付き合うことは重要だが、メディアに惑わされないで目の前の仕事に集中して取り組むことを忘れてはいけない。
□ 失敗に対する考え方
失敗が起きることは必然で、失敗にどう向き合い、どう対処するのか考えることは重要である。
「失敗から学び成長すること」「毎回新しい失敗をすること」「失敗を失望に変えないように、失敗の後に素晴らしい結末を迎え入れるように執筆書きすること」など、ダニー・マイヤーの失敗に対する考え方から学ぶことは多い。成功への道は失敗へのうまい対応で踏み固められている。
□ 「開かれたホスピタリティ」の好循環
ダニー・マイヤーは、自分たちが表すホスピタリティの相手を5つのグループに分け、次のように順位づけしている。
1.従業員
2.お客様
3.コミュニティ
4.仕入先
5.投資先
この優先順位は、会社が意思決定するときの指針となる原則となっている。そして、順位ごとに優先すれば好循環が生まれることが長年の経験で分かっているので、この順位づけを「開かれたホスピタリティ」と呼んでいる。
この順位づけの裏側には次のようなロジックが働いている。
従業員について
コミュニティについて
ダニー・マイヤーは、コミュニティに富を生み出すことは、持続的な社会変化を実現するのに効果的ということを知り合いの経営者から学んだ。レストランの成長はコミュニティの成長に伴うことから、コミュニティに積極的に関与し、投資している。
仕入先について
投資家について
□ 新規事業に問う「YES」の判断
ビジネスが順調だと、様々なところから素敵なビジネスオファーをいただくようになる。また、未来のニーズを予見し、将来を見据えて会社を進化させていくことが必要である。しかし、会社の人や金といったリソースは無限ではない。もし会社がこれから新しい事業に取り組む場合、自分たちの社風・ミッション・提供するバリューなどがどんなものなのかを考え、それらをベースに新しい事業に対して「イエス」か「ノー」かを判断する基準があると、自信を持って決断することができる。
新規事業に問う「イエス」の基準
タイミングが悪く、すべての基準を満たさずに新規事業に対してノーという決断に至ることもある。なにごともすべてタイミングだが、イエスかノーを決断するだけでなく、いつかその事業をやりたいかどうか知ることは大事である。オファーをしてくれた会社と将来的に手を組んで仕事をする可能性はゼロではないので、チャンスが来たときにそのチャンスをものにするような準備をしておくことは大事である。
新規事業に問う「イエス」の基準の中で、「場」がふさわしいかどうかはとても重要である。