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パブリックアートが街にかけた魔法

無敵の若年層が増加し、街中のシャッターや建物の外壁に落書きをしてそのアングラな環境下で犯罪件数が急増し、首長が事態について声明を出す。これは世界中の中枢都市で起こっている社会問題。対抗策は考えれば色々思いつくが、世界で認められている絶対的な模範解答があるわけではない。
普段は気にもかけない狭く薄暗い路地に入ると、そこはギャラリーになっていた。
『MACHIDA ALTAMIRA STREET』は七年前から駅前の路地で開催されているアートギャラリープロジェクトの名称。この路地は昔から人通りが少なくスプレーによる落書きも繰り返し行われ、再発防止策としてアートデザインコンペを開催して、ある種のリノベーションを行ったとのこと。特に撤去時期の説明はなされておらず、開催の一年後には『MACHIDA ALTAMIRA STREET 2nd』という題で塗り絵アートなども同じ場所に追加展示され、全てを合わせると十五近い作品が路地に連なる、今では中々の規模のギャラリーとなった。スペイン政府観光局と市内の専門学校が協力して実現されたプロジェクトで、スペインの世界遺産の『アルタミラ洞窟壁画』が全て展示作品の共通モチーフ。

先史時代の芸術体験

十枚くらいの作品のうち、その半分が実際の壁画写真で、残りの半分が学生作の絵画だった。
日光、雨、外気を直接浴びることがなく、最も長持ちする芸術である洞窟壁画の中でも世界最古級に息の長いアルタミラは、一万から二万年前のクロマニョン人によって描かれたとされている。洞窟入り口から数十メートル奥のとても狭い場所で壁画は発見された。武器を作ることをようやく知りはじめた彼らが、何のためにそれらを描いたかは未だ解明されていない。

有名なバイソンの壁画(モザイク加工あり)

もちろんこの当時は宗教なんて概念は一ミリも無いが、専門家の中ではやはり信仰的な意味合いで描かれたという説が今でも最有力。科学を信じ現実だけで物事を判断する現代人がこの国では特に多いが、もう少し人間味を出した方が利口にも見える。

調和する精神

モチーフは上記の通りだがそれに肉付けをしているのは専門学校生ということで、その特徴も作品の中に顕著に現れている。SDGsや多様性を正義として教えられてきた世代というのが理由なのか、森や海が積極的に描かれていたりカラフルな印象の作品が全体のほとんどを占める。「南極の氷の大陸は薄くなり始め、密林地帯の面積も小さくなっている。」そんな国際問題を簡単に芸術作品に落とし込める彼らの発想力が羨ましい。
先史時代と令和時代のミックスは部分的には違和感も残るが、全体を見ると思いのほか調和しているのではないのか。鹿や野牛を神として崇むクロマニョン人と環境破壊にピリオドを打ちたい学生。生活スタイルも体格も全てが異なるはずなのに、一致している精神性みたいなものを感じた。

三回目の追加展示もしてほしい(モザイク加工あり)

作品が飾られている場所以外の外壁を見ると驚くことに落書きは一つもなく、防止策としてのアートギャラリーには一定の効果が見て取れた。筆者は感心せざるをえなかった。
芸術には、言葉では説明出来ない強力なエネルギーが潜んでいるのか。いや、そもそも説明自体必要ないのかもしれない。

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