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#820 いよいよ口寄せの準備が始まる!

それでは今日も坪内逍遥の『梓神子』を読んでいきたいと思います。

第一回は、恐ろしい夢にうなされている「おのれ」が、怨霊の口寄せをしてもらうため神子の家を訪れるところから始まります。六十あまりの翁に案内されて家の中に入ると、六畳の部屋の南には小庭、右には居間、左には奥座敷があります。しばらくすると、丸髷を小さく結った五十あまりの老女がやってきます。眼差しも話し方も物静かでゆるやかです。老女は、死者・生者の招魂は神のしわざで自分の通力ではない。何を口走っても自分は覚えていないと言います。

年ごろ寄せつる物の怪のうちには、貴下[アナタ]さまのにおなじ筋[スジ]なるもありけらしが、といひかけて、深くも考へず、急須[キュウス]の湯をさゝむとて座をたちけり。軈[ヤガ]て立ち帰りて茶をすゝめ、用意よし、此方[コナタ]へ、とて請[ショウ]ずるに続きて、板縁[イタエン]にいづれば、爰[ココ]より二階へ登るべき階子[ハシゴ]あり。登り果たる所に高麗[コウライ]の縁附[ヘリツ]けたる六畳一間ありて、左右に一間[ケン]づゝの中窓[チュウマド]を設けたり。正面一間[ケン]の下[シモ]の方[カタ]は、一間[ケン]四枚の板戸つけたる押入[オシイレ]とし、中半[ナカバ]より上[カミ]の方[カタ]奥行三尺の間を神祭[カミマツ]る壇[ダン]にしつらひ、其左手右手[ユンデメテ]三尺が間の鼠壁[ネズミカベ]の下には双方同じさまに作りたる地袋[ヂブクロ]あり。壇の中央最も高く且つ奥[オク]まりたる所に一面の明鏡[メイキョウ]を安置して、そを隠さんばかりに雪の如き白紙[シラカミ]にて作れる御幣[ミヌサ]幾つともなく立てたり。欄間[ランマ]には清らかなるしめ飾式[カザリカタ]の如く張渡[ハリワタ]し、そが下[シモ]第一段には白木[シラキ]作りなる三寶[ホウ]三つならべて、種々[クサグサ]の供物[クモツ]うづたかく、樒[シキミ]、燈明[ミアカシ]などいと目やすく配りたり。さて高脚[タカアシ]の供物机[クモツヅクエ]の白木作りにしていと長[ナガ]やかなるを第二段として、そが下[シモ]に据[ス]ゑ、爰[ココ]にも三寶を五箇[イツツ]まで置けり。皂色漆[クリイロウルシ]にてぬりたるを中心[マナカ]にして白木なるを古き新しきおの/\對[ツイ]すべきやうに左右に配りて、これにも供へ物はかず/\なり。件[クダン]の机の木口[コグチ]より溫飩[ウンドン]の古招牌[コカンバン]のやうに、同じ大[オオキ]さに細く長く切[キリ]たる紙片[カミキレ]一面に貼りつけて垂れたるを見るに、辛卯[シンボウ]何月何日、何の誰[タレ]、何歳若[モシ]くは男女[オトコオンナ]何歳など同じ筆[テ]にて記[カ]きたり。

「三宝」とは、供え物を載せるお盆がついた台のことです。台の側面三方向に穴があいていることから、「三方[サンボウ]・三宝」と呼ばれています。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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