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#1388 試験はすでに結果せり!お帰りなされ!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

ぶんせいむは、うつむいて椅子に座るるびなに向かって「おまえの幸福の日が近づいてきた」と言います。今日は最終試験の日、最終試験に残ったのは五人。ぶんせいむは、前回の試験「不愉快という題で、その起因・性質及びこれを矯正する方法」に関する執筆問題で、どんな答えがあったのか、るびなに披露して驚かせようとします。「衣食住に足るを得れば不愉快はない」と答えた者は落第、「不愉快とは学問を食い足りぬ人の胃にある所の飢えの傷み」と答えた者も落第、「不愉快とは神の作り給える天地は善美なりという事を信ぜざる腐敗の脳髄に生ずるカビ」と答えた者も落第、しかし「不愉快とは不愉快を打破る勇気のない時の有様ゆえに勇気あれば即ち不愉快なし」と答えた者は及第、さらに「世間に一つも不愉快なし、ただるびな令嬢の歓心を得ざる時は大不愉快なれども、そのときは自殺すべければ不愉快もなし」と答えた者も及第だと言います。さらに、四十枚もの詩を書いた人もいるようで、るびなはぶんせいむに内容をお話くださいませんかと言います。太平の世に夫婦となったが、夷狄が攻めてきたので、夫は戦争に出るが戦死し、妻は悲しんで盲目となり、高山の雪中で凍死するという内容で、それを聞いたるびなは「もうやめて下さい。悲しくって胸が痛くなります」と言います。この人にもぶんせいむは及第を与えます。さらに「知らない」と答えた人もいるようで、ぶんせいむはこの人も及第とします。そしてちょうど試験の時刻となりますが、四十枚の長編を書いた詩人がやってきません。しかし、それでも試験を始めることになります。ぶんせいむはしんぷるに四人を別々の部屋に入れておくように命じます。すると、詩人から手紙が届きます。しんじあが問います。「あの詩人の手紙ですか」。

ぶん「さうだ終[オワリ]の方に何か小さく書[カイ]てある……「造化の美妙を人間の脳隋[ノウズイ]に移植せんと圖[ハカ]る詩人にもあらず、俗塵[ゾクジン]の紛紜[フンウン]を名山の飛瀑[ヒバク]に洗濯せんとする隠士[インシ]にもあらず、唯[タダ]陰暗[インアン]たる幽谷に三寸の日光を楽[タノシ]む羽抜鳥[ハヌケドリ]を師とし、燐峋[リンジュン]たる高岳[コウガク]に一條[イチジョウ]の風路[フウロ]を弄[モテアソ]ぶ老鷲[ロウジュ]を友とし、蚯蚓[ミミズ]の吟をなして自ら詠じ、鷗鸚石[オウムセキ]の響[ヒビキ]を發して人と語る。たいらッく再拝」とあるわ。」
しん「實[ジツ]に驚いた人ですね……それならまたなんだつて此[コノ]申込[モウシコミ]をしたのでせう。」
ぶん「此奴[コイツ]の事だから大方洒落だらう。あッはゝ。然しをかしな奴さ。」
るび「何[ド]の國の人でせう。」
しん「どうも何[ド]の國の人だか分りません。」
ぶん「どれ試験をしてやらう。」
といひながらしんぷるを従へて衝[ツ]と立去[タチサ]りぬ。今日を最後の試験と聞けば受験者は皆[ミナ]片唾[カタズ]を呑みて如何なる難問も起[オコ]らば起れと云はぬ計[バカ]りの顔付[カオツキ]して待構へ居たるが、僅[ワズカ]の間[マ]に二人は終りて帰りける。今や三番目の室[ヘヤ]に来[キ]かゝりて、
ぶん「哲学者か。」
哲「左様で御座ります。」
と答へしかば、戸を推し開けてずつと入[イ]り、
しん「先生。」
てつ「はい。」
ぶん「失禮[シツレイ]を免[ユル]し給へ、試験は既に結果せり。御帰りなされ。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう。

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