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#793 水は智なり、山は仁なり、梅は節なり、松は操なり

それでは今日も『底知らずの湖』を読んでいきたいと思います。

話の内容は、昨夜に見た怪しい夢に関することのようでして……場所はどこだかわからないが、池のような沼のような湖があります。周囲の距離もはっきりせず、湖のかたちは鶏の卵のようです。あたりの山々には春夏秋冬が一斉に来ており、空には高い峰々、滝の音は雷のようです。ここに霧が立ちこめる洞窟があります。これはどこへ続く道なのか。梅の花は白く、鶴がおり、丸木橋がかかっている。水の底には砂金が敷かれ、夏の木の実がなり、秋の果物が実っています。ここは、極楽の浄土か、天上の楽園か……。金翼の鳥が神々しく歌い、白色の花が神々しく舞っています。なんという怪現象なのか!雨露にさらされている高札を見ると「文界名所底知らずの池」と書かれています。どこからともなく道服を着た翁が来て、そのあとから仏教の僧侶とキリスト教の信者がやってきて三人で松の根に佇み、湖の風景を見て、空前絶後の名所なりと言います。

此[コノ]水は智なりかしこの山は仁なり。梅は雪霜[ユキシモ]にめげず是[コレ]節[セツ]なり。松柏[ショウハク]は凋[チョウ]に後[オク]る是[コレ]操[ソウ]なり。さても柳は君子温厚の徳を見せたるにかいとめでたし。惟[オモンミ]るに朽[クチ]たる独木橋[ドクボクキョウ]は太古質素[タイコシッソ]の徳を表[ヒョウ]し花紅葉の散りゆくは奢るもの久しからずという心ならん。沙門[シャモン]聴きて頻[シキリ]にうなづき花紅葉には色即是空の相見え此の静水観[ショウスイカン]には真如現ず。かしに繁[シゲ]れる木々其数を知らず。案ずるに八万四千の煩悩に喩えたるならん。ここに咲ける桜桃杏李[オウトウキャリ]の其実[ソノミ]の熟[ウミ]たるをも共に見せたる。是豈[アニ]生死[ショウシ]の園[ソノ]の様[サマ]にあらざらん。此[コレ]に死に彼[カレ]に生れ悪に報い業に因る栄枯盛衰の理[コトワリ]因果応報の実[ジツ]明[アキラ]か也。三界二十有[ユウ]五界の喩[タトエ]なるべし。

ここの「五界」は、おそらく「五戒」の誤字かと思われます。「三界」は、衆生の三種の世界である欲界・ 色界 ・ 無色界のこと、「二十五有」は、その三界を25に分けたものです。欲界に14、色界に7、無色界に4あり、四洲(4)、四悪趣(4)、六欲天(6)、梵天(1)、無想天(1)、五那含天(1)、四禅天(4)、四空処天(4)の二十五種です。「五戒」は信者が守る5つの戒めのことで、「不殺生戒[フセツショウカイ]」「不偸盗戒[フチュウトウカイ]」「不邪婬戒[フジャインカイ]」「不妄語戒[フモウゴカイ]」「不飲酒戒[フオンジュカイ]」のことです。

あれ/\あのうたかたの泡よ有[ア]るかと思へば無し。観[カン]ずれば如露亦如電[ニョロヤクニョデン]。さて/\墓無きは浮世なりけりと歎[ナゲ]かるるを基督信者徐[シズ]かになだめて否[イナ]とよ散る花の中[ウチ]に結べる実を見せ、うつろう紅葉[モミジ]の間に春の芽ざしをほのめかしたるは末[スエ]の望[ホープ]の影映れるなり。且はまた此[コノ]湖の水流れ/\て蒼茫[ソウボウ]の大海原[オオウナバラ]は無限無究の天堂[テンドウ]生活にや比[タグ]えん。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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