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#948 万が一、いよいよ大乱と相成る時が来たら……

それでは今日も坪内逍遥の「入道常見が軍評議」を読んでいきたいと思います。

一個人に向かひて飛道具を用ふるは、適〻[タマタマ]以て自家の品位を貶さんのみ。冷語譏刺を重んずること、われ今は昔日の如くならず、況んや、険語をや。それはともあれ、第二陣の敵勢は、尚雲霞の如しときく、入道が用意きかまほし、と大将めかしていひければ、公平[キンピラ]常見、形を正し、それがしが所存によるときは、先づ眞先に突くべきは、我が「理想なからしむ」といひたりしを、「臨時無理想」と誤り解して、さてこれによりて陣立したる、敵の審美的陣翼と、絶対の見解と相対の見解とを混同して、「時文評論」の欄内にて、記実を先にせんといひけるを、汎稱の義に解釋したる、敵が哲理的陣翼と、「小羊子が白日夢」を、険語冷語と臆断して、小羊子が本意を悪く見たる、敵が邪推や、わが破るべき正的ならん。かの幾箇處に、欄の如きものを築きて、没挿評、没却理想などの區別を辨じたるが如きは、彼れが根本の誤解より派生したる者なれば、こは打棄てゝも置くべうもや、小羊子の賢慮いかにといふ口さへに、しかつべらし。雅俗折衷之助、懲りずまに口とがらせ、是はいかに、入道常見、肝腎の地の利を忘れられたんよな。烏有先生とは、ハルトマンにして、われにあらず、と敵将軍は迯げつれども、「山房論文」其の七に、「こゝに烏有先生といふ談理家ありけり、理を談ずることを旨とする、一大文学雑誌を発行せんと思へども、未だ果たさず」とあるを見れば、ハルトマンが舶来して、日本に帰化すと思はぬ限りは、鷗外将軍と烏有先生と、同じに見るは當然にて、よし将軍と先生とは、同體ならずとすればとて、自由自在に先生をば、Conjure upする神通の、入雲龍めく将軍をば、かの先生の化現と見るに、何の不都合か是れあるべき。

「入雲龍」とは、『水滸伝』に登場する、梁山泊で呉用とともに軍師を務める公孫勝のことです。呉用については、#910でちょっとだけ紹介しています。

造化にいかなる理想見えたるか、つれなくも原書を読め、とはねつけで、われ/\にもわかるやうに、摘掻んで語れといはんは、理の當然の請求ならんを、入道ぼけて忘れたるか、といはれて常見、目に角たて、又しても入らぬ詮索、問ふべくは、詰るべくば、此の入道が詰り申す、そこの御勘合きゝ申さぬ。前號の物申[モノモオ]にては、此の件につき、再び問はんといひつれども、そは只順序をいへるのみ。烏有先生とは、世を忍ぶ假の名、まことは碧瞳金髪、フホン、ハルトマンと、正體まさかにわかつたる上は、敵将軍の本城は、ハルトマンの大哲学に外ならぬこと明かなり。万が一、いよ/\大亂と、相成らんずらん時来たらば、艨艟[モウドウ]幾百、印度洋を打ちわたり、地中海を横断して、獨逸の本城まで押し寄せて、雌雄を争はん分のこと、今将軍に歎願して、略解[リャクゲ]を賜へ、と泣きつかんは、経傳餘師で四書五経を、通りぬけんとする小學根性、いとおさなし、恥知りたまへ、とやりこむれば、折衷さすがに恥ぢたりけん、われ大に誤りぬ、と口をつぐみ、頭を低れ、再びは物をいはざりけり。左右[トコウ]する間[マ]に春の夜の更[フ]け易く、月も西へと傾きて、無常を告ぐる鐘[ネ]の音に、散らふや櫻の、ちりやちり/″\一同は、翌日[アス]をちぎりて陣幕の、中ぞさみしきさむしろの。

艨艟とは、敵船に突入するための軍艦のことです。

というところで、「入道常見が軍評議」が終了します!

この軍記仕立て物は、「文珠菩薩の剛意見」へと続くのですが……

この続きは、また明日、近代でお会いしましょう!

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