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#1422 月満ちて産声麗しい玉のような女の子

それでは今日も幸田露伴の『風流佛』を読んでいきたいと思います。

京都に室香[ムロカ]という芸子がいました。梅岡なにがしという中国地方の浪人の男らしさに契りを込め、世を忍ぶ男をかくまって半年あまり、室香は子を宿しますが、ここで鳥羽伏見の戦争が起こります。男の志を遂げるため官軍に加わろうと旅立ちます。ひと月ふた月過ぎて、となりの子が歌う唱歌も悲しく聞こえ、無慈悲の借金取りが朝に晩にかけあい、「方様、はやく帰って下され」とひとりごとを言うと、「利息も払わず帰れとはよく言えたこと」と吠え付かれます。

アヽ大きな声して下さるな、あなたにも似合わぬと云いさして、御腹[オナカ]には大事の/\我子[ワガコ]ではない顔見ぬ先からいとしゅうてならぬ方様[カタサマ]の紀念[カタミ]、唐土[モロコシ]には胎教という事さえありてゆるがせならぬ者と或夜[アルヨ]の物語りに聞しに此ありさまの口惜[クチオシ]と腸[ハラワタ]を断つ苦しさ。天女も五衰[ゴスイ]ぞかし、玳瑁[タイマイ]の櫛[クシ]、真珠の根掛[ネガケ]いつか無くなりては華鬘[ケマン]の美しかりける俤[オモカゲ]とどまらず、身だしなみ懶[オノウ]くて、光ると云われし色艶[イロツヤ]屈托に曇り、好みの衣裳数々彼に取られ是[コレ]に易[カ]えては、着古しの平常衣[フダンギ]一つ、何の焼[タキ]かけの霊香[レイキョウ]薫ずべきか、泣き寄りの親身[シンミ]に一人の弟[オトト]は、有っても無きに劣[オト]る賭博[バクチ]好き酒好き、落魄[オチブレ]て相談相手になるべきならねば頼むは親切な雇婆[ヤトイババ]計[バカ]り、あじきなく暮らす中[ウチ]月満[ミチ]て産声美[ウルワ]しく玉のような女の子、辰[タツ]と名付[ナヅケ]られしはあの花漬[ハナヅケ]売りなりと、是[コレ]も昔は伊勢参宮の御利益に粋[スイ]という事覚えられしらしき宿屋の親爺[オヤジ]が物語に珠運も木像ならず、涙掃[ハラ]って其後[ソノノチ]を問えば、御待[オマチ]なされ、話しの調子に乗って居る内、炉の火が淋[サミ]しゅうなりました。

玳瑁とは鼈甲のこと、華鬘とは仏前に飾る美しい装飾品のことですが、ここでは髪飾りの意です。

「伊勢神宮の御利益に粋」とは、江戸時代、庶民は伊勢神宮に参拝した帰り、古市という遊郭で遊ぶならわしがあり、そこで「粋」を学んだという意味です。

第一回で登場した美しい女性は「辰」という名の女性で、この第二回は辰が生まれるまでの両親の物語を宿屋のおやじから聞いている内容だったんですね。

新徴組とか鳥羽伏見の戦いとか、古い話が出てきますが、『風流佛』が出版されたのは1889(明治22)年、露伴が生まれたのは1867(慶応3)年、その翌年の1868(慶応4)年に鳥羽伏見の戦いが起きるので、決して遠い時代の話ではないんですよね……

というところで「第二回」が終了します。

さっそく「第三回」を読みたいと思うのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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