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#946 敵も味方も引きわかれて、ひとまず息を休めて候!

それでは今日も坪内逍遥の「雅俗折衷之助が軍配」を読んでいきたいと思います。

よりて思ふに、わが未だ親しまざる、幾百千の作家に於ても、没主観にして、見理想ならんは、盖[ケダ]し數ふるに遑なかるべし、ひとりシェークスピアの如くに、没主観にして能く差別相を描破し、兼ねて没理想ならんものは、五指を屈するがほども無かるべし。是れわが黨が、特に「没理想」といふ語を造りて、シェークスピアが作に冠らせたる所以なり。わが理想の意義、斯くても尚不分明のところあらば、そはいまだ科学的に定義を下さヾるに困ることならん。これはた未来の没理想論に於て、更に説き分くべきものならん、こゝには、只、没主観の語の、没理想の語に代用しがたき所以をわきまふるのみ。
かく、互ひに問ひつ答へつする程に、やう/\永き春の日も、いつしかに黄昏近くなり来て、矢の的とする、敵勢の物具[モノノグ]のきらめきさへ、定かならずなりにければ、敵も味方も引きわかれて、一先息を休めて候ふ。軍の模様あらましは、一通り斯くこそ、と想像太郎原高[ゲンコウ]、注進にはぶきょうの、乗地にあらで気の乗らぬ、軍物語のいと長き、人にも益なし、われもうるさし。

というところで、「雅俗折衷之助が軍配」が終わります!いやぁ~今回は随分ボリューミーな内容でしたねぇ!さて、『早稲田文学』第14号(1892[明治25]年4月30日)には、このあと、「入道常見が軍評議」がつづきます。では、それを早速、読んでいくことにしましょう!

時に明治廿五年四月[ウヅキ]も已に下つかた、朧に霞む春の夜の、櫻に掛る月影に、落花一しほ風情あり。小羊[コヒツジ]の逍遥子、記実の杜の本営に、味方一同を呼びつどへ、軍評定とり/″\の、自分六韜かたはらいたしや。雅俗折衷之助、席を進み、それがし本日の一戦に於て、鷗外将軍が堅甲利兵の先陣を、虚実を兼ねたる采配もて、辛うじて防ぎ侍りつれど、尚敵勢は潮と沸いて、追ひ/\押寄するとぞ見え侍りたる。第二陣の将校たる公平[キンピラ]の入道には、如何なる韜略の瓢箪を碎きてか、虚実の鐵甲騎をいだされんずるぞ。御坊の軍配、後學のためうけたまはりたし、と自慢の鼻おごめかして言ひければ、入道徐かに膝おし進め、古へは仁をもて本と為し、義をもて之れを治めたる、之[コ]をしも名づけて正とは謂ふなり。正、意を獲ざる時は権あり、権は戦より出づ、中人より出でず。是の故に、人を殺して人を安んぜば、之れを殺すも可なり、其の國を攻めて其の民を愛せば、之れを攻むとも可なり、戦をもて戦を止むれば、戦ふと雖も可なりとかや。そもや此のたびの戦は、美文天皇のおほんために、はじまりつることにて、其の間些しの憎怨無し。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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