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#808 なぜ新体詩は非難されるのか?

それでは今日も坪内逍遥の「梅花詩集を読みて」を読んでみたいと思います。

逍遥は、詩人の世界を、「心の世界」と「物の世界」に分けます。「心の世界」は「虚の世界」にして「理想」であり、「理想」を旨とする者は「我を尺度」として「世間をはかる」。彼等を総称して「叙情詩人(リリカルポエト)」とし、天命を解釈する「一世の預言者」とし、「理想家(アイデアリスト)」とします。「叙情詩人」は、作者著大で、「理想」の高大円満であることを望み、一身の哀観を歌い、作者の極致が躍然し、万里の長城のようである。「物の世界」は「実の世界」にして「自然」であり、「自然」を旨とする者は「我を解脱」して「世間をうつす」。彼等を総称して「世相詩人(ドラマチスト)」とし、造化を壺中に縮める「不言の救世主」とし、「造化派(ナチュラリスト)」とします。「世相詩人」は、作者消滅し、「理想」の影を隠し世態の著しさを望み、小世態を描き、作者の影を空しくして、底知らぬ湖のようである。我が国には短歌・長歌・謡曲・浄瑠璃等あるが、一身の哀観を詠ずる理想詩にとどまり、現実を解脱できていない。このたび、梅花道人があらわした新体詩は物象を解脱し造化を釈す試みは、まず喜ぶべきである、と。

新体の詩の世に出[イヅ]るや俗[ヨノヒト]おほむね其詩形(句法用語等)を難じて解[カイ]しがたしといふこと東西同揆[ドウキ]なり。ヲーヅヲース、コレリッジ、シエレー、ブラウニング等も多少此の譏[ソシリ]を免れざりしなり。先覚曰く道義に背けり(immorality)といふ非難と其の語義解[ゲ]しがたし(unintelligibility)といふ非難とは時勢に先だたんとする者の毎[ツネ]に免れざる所なりと詢[マコト]に然り。向[サキ]には新体詩人美妙斎主人此譏[ソシリ]を受け次いで湖處子[コショシ]もまた此難を蒙り今や梅花道人もまた此難にきずつけらる。

ウィリアム・ワーズワース(1770-1850)はイギリスを代表するロマン派の詩人で1798年に発表した『抒情民謡集』は親友であるサミュエル・テイラー・コールリッジ(1772-1834)との共著であり、パーシー・ビッシ・シェリー(1792-1822)もイギリスのロマン派を代表する詩人です。上田敏(1874-1916)が訳詩集『海潮音』(1905)で発表した「春の朝[アシタ]」という訳詩は、ロバート・ブラウニング(1812-1889)の長編劇詩『ピッパが通る』(1841)の一節です。

1886(明治19)年、山田美妙(1868-1910)は尾崎紅葉(1868-1903)、丸岡九華(1865-1927)とともに『新体詞選』を刊行し、宮崎湖処子(1864-1922)は1890(明治23)年、詩文集『帰省』を発表します。

就中[ナカンヅク]道人に於ける非難は世が道人の句を解[カイ]せざるに因[イン]せずして寧ろ道人の心を解せざるに因[ヨ]るもの〻如し。乞ふ其故を辨[ベン]ぜん夫の美妙斎の句を解しがたしといふものは大かたは欧文[オウブン]の思想に乏しくそれが為に句法と造語との新奇なるに惑ひ其意を窺ふに邊[イトマ]無きものなり。又湖處子の句を解しがたしといふものも湖處子の造訓と造語とに惑ひて其ほしひま〻なるに驚くの餘[アマ]り思想の妍醜[ケンシュウ]を鑑[カン]するに及ばざるものなり。さすれば美妙斎湖處子の両詩人は造語造訓の難渋なるが為に解せられざること多きに居るか道人の作は之と異なり處々死語を活[イカ]し来[キタ]りて要無きに古様[コヨウ]を粧[ヨソオ]ひ殊更[コトサラ]に万葉ぶりにものしたる。嫌[キライ]なきにあらねど大体は純然たる国文調にして而[シカ]も時分[ジブン]の語調なり。そも那邊[ナヘン]が了解しがたき之を解しがたしといふものは予が解しがたき所なり。案ずるに影を怪なりといふものは影の本体を解せざるものならん。正月元日しやれ頭[コウベ]を杖頭[ジョウトウ]に懸けて虚栄市[ウバニチ フヘア]の街頭をはしりまはり大聲[タイセイ]に警誡[ヨウジン]々々と叫ば〻人皆目をそばだて指して之を狂[キョウ]といはん。虚栄をもて常態と思へる者は一休が諷刺の旨[シ]を知る能はざればなり。夫[カ]の道人の詩形を解せずといふ者は或は道人の心を解せざるものか。予は「梅花詩集」を読過[ドッカ]して那邊が解し難きかを怪[アヤシ]まずばあらず。何となれば道人が理想は其の片章尺句[ヘンショウセキク]の上に歴々[レキレキ]として言々飛動[ゲンゲンヒドウ]す道人は荘周的楽天詩人たること火を観るよりも瞭[アキラカ]なればなり。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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