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#800 次に湖にやってきたのは8人あまりの翁

それでは今日も『底知らずの湖』を読んでいきたいと思います。

話の内容は、昨夜に見た怪しい夢に関することのようでして……場所はどこだかわからないが、池のような沼のような湖があります。周囲の距離もはっきりせず、湖のかたちは鶏の卵のようです。あたりの山々には春夏秋冬が一斉に来ており、空には高い峰々、滝の音は雷のようです。ここに霧が立ちこめる洞窟があります。これはどこへ続く道なのか。梅の花は白く、鶴がおり、丸木橋がかかっている。水の底には砂金が敷かれ、夏の木の実がなり、秋の果物が実っています。ここは、極楽の浄土か、天上の楽園か……。金翼の鳥が神々しく歌い、白色の花が神々しく舞っています。なんという怪現象なのか!雨露にさらされている高札を見ると「文界名所底知らずの池」と書かれています。どこからともなく道服を着た翁が来て、そのあとから仏教の僧侶とキリスト教の信者がやってきて三人で松の根に佇み、湖の風景を見て、空前絶後の名所なりと言います。水は智、山は仁、梅は節、松は操、柳は温厚の徳、橋は質素の徳、紅葉は奢るもの久しからずという心なのか…。三人は崖をおりて湖に足を踏み入れますが、深みにはまり、跡形もなくなってしまいます。その後、新たな人物が現れます。古風な帽子をかぶり、弁慶のように七つ道具を背負い、色々な道具を提げています。今歩いているのは自か他かと哲学者のように正しながら美しい湖の岸辺に近づきます。その後、老樹の後ろから新たな人物がやってきます。頭大きく眼差し鋭く紙子羽織を着て羊羹色の和冠をかぶっています。中国の西湖にスイスの山々、地面には奇草が生えています。古風な帽子をかぶった男は丸木橋のほとりまで歩きますが、踏み外して立ちどころに見えなくなります。羊羹色の和冠をかぶった男は驚き、「この水には霊が棲んでいる」と怖がりますが、身を翻しているうちに、この男も森の茂みに隠れてしまいます。その後、崖の上に、今度は高帽子をかぶった紳士が現れます。咲き乱れる花を踏みにじり、空を仰ぎ、湖を見渡します。すると、またがっていた馬が驚き駆け出し、馬と離れた高帽子の紳士は崖の下に転がり落ちてしまいます。

時に大勢の人聲[ヒトゴエ]して賊[シヅ]の翁[オキナ]と見えたるもの八人[ヤタリ]あまりも来にけり。其[ソノ]たがひの挨拶ぶりを聞くに世に謂ふ五人組十人組といふものに似たれば之を堅[カタ]くいはば俚叟組[リソウグミ]ともいふべきにや。

五人組は、寛永年間(1624-44)に制度化した庶民の自治組織のことで、牢人取締りや防犯や納税などに連帯責任をもたせました。地方によっては十人組もありました。

彼等打揃[ウチソロ]ひて来て何するにかと見てあれば其中[ソノウチ]の一人がいふやう此[コノ]湖は其[ソノ]昔一夜[カミヒトヨ]の中[ウチ]に出来[イデキ]にきとかや山の神我々を憫[アワ]れみたまひて目を娯[タノシ]ませ心を爽[サワヤカ]にせよとて作りたまひけるとよ。乙の翁聲高[コワダカ]に打消しおろかなる事をないひそ痛く違へり。世の末になりにたれば身を棄[ステ]まほしく思ふものも多からんさるものはこ〻へ来て身を投げよとて作られたる湖なるを娯[タノシ]みの料[リョウ]とはなにごと〻いひかくるを丙[ヘイ]がさへぎり措[オ]きね。汝[イマシ]のいふ所も見当[ケントウ]ちがへり。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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