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#1366 譲れ諸君!諸君の幾分は去れ!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

11月5日午前5時、馬に車に徒歩に、空が薄暗く寒さ強いぜねらす村に各々集まりますが、寂然として案内を乞うても答えがありません。みな不平を抱いて園内を散歩している6時ごろ、中央の小高い築山にしんぷるが現れます。しんぷるが言います。「5時までに来たるべしと広告せしはぶんせいむの命令だが、主人は8時30分にならなければ覚めない習慣にてなお寝床のうちにあり。朝飯を算入すれば9時30分にならなければ相見ることなかるべし。諸君、悠々とお待ちあらんことを……」。「何だ人を馬鹿にした」「寒いし腹は減るし試験は始まらないし、実に弱る」。すると、じよんが、しんぷるが登っていた築山に登り、「今日ぶんせいむがしていることを、諸君は何と考えるか。五時に呼び寄せ、寒風を凌ぐ場所なき園に立たせ、休むべき椅子もあらず。今やすでに12時。多数の人は飢えにせまり、一杯の珈琲も与えられず、試験もなさない。立て諸君!歩め諸君!門を叩け!来たれ同意の諸君!我と共に来たれ!」。このとき、戸を開いて出てきたのはしんぷるの妻。人々が静まるのを待って「ぶんせいむは諸君に面会するのを嫌っている。諸君にかわって諸君の言うところを伝えますから」。すると、じよんが「試験は何時に始まるのですか」。

妻「妾[ショウ]には分りませんが聞いて見ませう。」
と奥に入[イ]りて忽ち復[マタ]来[キタ]り、
妻「主人の言葉には園中[エンチュウ]の人々は承知して居る筈だと申します。」
と言ふまゝ引込みたりければ、
じ「實[ジツ]にぶんせいむといふ奴は奇怪極[キワマ]る奴だ。是は矢張り豫[カネ]て世人[セジン]の猜[スイ]した通り我々を釣り寄せて笑ひ草にしたに相違[ソウイ]ない。」
△「そうでもありますまいが眞[マコト]に失敬千萬だ。」
〇「然し一向譯[ワケ]が分らないから迂闊には帰れない。」
ぜ「左様々々、黒暗[コクアン]の夜[ヨ]は馳せるなだ。」
じ「無気力者[ムキリョクシャ]は勝手にしろ。」
と、人さま/\の考へ、二百人計[バカ]りは、「まづ今日[コンニチ]は。」と小言ぶつ/\帰りける其後[ソノアト]に間もなくしんぷる出来[イデキタ]りて、
「只今主人ぶんせいむが、此[コノ]家の南に面したる樓上[ロウジョウ]にて諸君に一言[イチゴン]するよしなれば、御注意あれ。」
と云ふを聞き、それと皆々歩[ホ]を移し、首[クビ]仰向けて見上ぐるに、樓上[ロウジョウ]の廊下らしき所に突つ立[タッ]たる老翁は白き髯[ヒゲ]を拈[ヒネ]りながら雷[ライ]の如き聲[コエ]鋭く、
ぶ「諸君よ。今日[コンニチ]の予[ワレ]の不敬[フケイ]を咎むるなかれ。諸君はあまり多数にして實[ジツ]は當惑[トウワク]せり。口に溢[アフ]るゝの豆は嚙むこと難く、堂に溢るゝ客は接せん事難し。譲[ユズ]れ諸君相譲れ。諸君の幾分は園中[エンチュウ]を去れ。」
△「おやもう引込[ヒッコ]んでしまつた。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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