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#1344 高霊の神作とやいはん!幽冥の鬼工とやいはん!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

中国の大都・南京に田亢龍[デンコウリョウ]という男がいます。眉があがり、鼻がたかく、唇の両端ははねあがり、観相見の実例に引き出されそうな顔立ち。独身者で、甕を叩きながら楚辞を呻り、香港から100ドルで買い寄せた弦が調整されてないヴァイオリンを弾いています。ぶんせいむの求婚の事件は、世界の新聞に掲載され、亢龍は独り言をいいます。「このぶんせいむという奴はかなり話せる奴だ。世界中からるびなを娶ろうと俗物どもが集まるだろう。しかし中華の人物と肩を並べることができるものか。るびなを侍妾として掃除をさせてやろうか。それにしてもこの広告の終わりのところが少し変だな……歌の調べがいよいよ高くなると、和する者も少なくなる。我が道は大にして、調べは高いから、受け入れられないかもしれない。天道はたして是か非かだ」。ふと窓の下をみると、人の往来がざわつき、その群がりのなかに、ひとりの老翁がいます。道士の衣、絹の扇子をさし、払子を持っています。尊ばれている無名翁という卜者だとわかると、亢龍は翁を呼び込みます。亢龍は卜者に向かって「亀卜[キボク]は先王のなすところ、占筮[センゼイ]は古聖が用いる法、あなたはどちらも選ばないとみえる。擲銭[テキセン]は猾技であり、梅花[バイカ]は真作ではない」。卜者は答えます。「いにしえより易をいう者、孔子から朱子に至るまで遑あらずして皆おなじではない。みな多少の理ありて多少の効ありというもの。天地の現象を見て天地の気運を知る事、必ずしも亀や筮竹[ゼイチク]によるものではない。平易にいえば、地面にできた霜を踏んで、このさきに厳冬の季節がやってくるのを知るというもの。

天地の廣大[コウダイ]なること豈[ア]に河洛[カラク]の二書[ニショ]、十數[ジュウスウ]の聖人、之れを悉[ツク]すことを得んや。予[ワレ]幼[ヨウ]にして道を天下に求め、幸[サイワイ]にして泰山[タイザン]に断碣[ダンカツ]を得たり。文[ブン]皆な汲冢[キュウチョウ]にして讀む能はずといへども、數[スウ]を刻[コク]すること洛書[ラクショ]の如くして、奇正錯雑紛亂意[キセイサクザツフンランイ]あるがごとし。

281年、汲郡の不準という人が、戦国時代の魏の安釐王[アンキオウ]の陵墓を盗掘したところ、そこから竹簡が発見されます。この竹簡を75篇に整理した文献を総称して「汲冢書[キュウチョウショ]」と呼びます。

即ち退[シリゾイ]て山陰[サンイン]に盧[ロ]を結び、沈思[チンシ]三年終[ツイ]に之を悟れり。蓋し洛書[ラクショ]は、三の陽[ヨウ]を三たび重ねて、純陽[ジュンヨウ]の數[スウ]を極む、是れ天盤[テンバン]なり。吾[ワ]が得たる神碑[シンヒ]は、四の陰[イン]を四度[ヨタビ]重ねて、純陰[ジュンイン]の數[スウ]を極む、是れ地盤[チバン]なり。吾[ワレ]天地の二盤をとつて、人事の成敗を見るに、誠[マコト]に両端を叩[タタイ]て其の中[チュウ]を知るがごとし。是れぞ即ち天地の二盤なりと、扇を襟より抜[ヌキ]とりて示すを、亢龍[コウリョウ]手にうけて、表[オモテ]を見れば人も知りたる洛書なり。裏を見れば數[スウ]の三ありて其の意を會[カイ]せず、思[オモイ]を疲[ツカ]らし茫然たるを、翁は見て打笑ひ、
「見給へ、是も洛書に等しく、是を縦に數[カゾ]ふれば、何れも三十四の數[スウ]を得[エ]、之れを横に數[カゾウ]るも同じく三十四なり。之を斜[ナナメ]に角[カド]より數[カゾウ]れば、また三十四なり。然れども是[コ]の如きは、洛書も然り、敢[アエ]て奇とするに足らず。されども今[イマ]官人をして一驚[イッキョウ]を喫[キッ]せしめん。官人、試[ココロミ]に随意の一數[イッスウ]をとつて、是れに連[ツラナ]り接する三數[サンスウ]を合[アワ]せ給へ。假令[タトエ]ば三と定めて其[ソノ]隣[トナ]る所の十三と十六と二とを合[アワ]すも三十四にして、六と十二と十三を合すも三十四なり。何[イズ]れの所にても皆然り。之れを洛書に較[クラブ]れば、幾[ホト]んど天機[テンキ]を洩らす事一倍深しといふべし。加ふるに尚[ナオ]一奇[イッキ]とすべきは、四方の隅の數[カズ]をとつて、是を合[アワ]するも同じく三十四なり。噫[アア]玄の又[マタ]玄なる高霊[コウレイ]の神作[シンサク]とやいはん。幽冥の鬼工[キコウ]とやいはん。

翁が亢龍に見せたのは4×4の魔方陣ですね!縦から足しても、横から足しても、斜めから足しても、四隅を足しても、中央の4つを足しても全部同じ答えになる四次魔方陣ですが、四次魔方陣が成り立つ和は34以外にはありません。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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