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#1349 君にひとつ頼みたいことがある……

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

第十回は、亢龍と唐狛が話しているところから始まります。唐「旦那さまは何を考えていらっしゃいます」。亢「貴様のような奴にも俺は俗物と違ってみえるか」。唐「ある老人が恬淡無欲の當世の太上老君、大聖人、大神仙だと評を致しました」。亢「してみれば天下皆めくらでもないが、それにしてもあの卜翁の言い草」。唐「無名翁が何か申しましたか」。亢「米国第一の美人に家事をやらせ、二億の財産を得て、天下の俗物にその高きを仰がせる……はは妙だな」。唐「新聞に出ていた求婚のことでござりましょう」。ここで唐狛は、亢龍が求婚するにあたって、ほかの男より不利な点を七つ挙げます。それを聞いて亢龍「だまれ、だまれ!」。唐「しかし不利ではござりませんか。ここにひとつ妙知恵があるので……」。そこで唐狛は、亢龍にささやきます。それを聞いて亢龍、「しからば奴を……」。亢龍の家には、食客として吟蜩子という日本人がいます。富貴も名誉もあえて求めず、ただ何となく世を送っています。ある日、興に乗じて故郷を出て、髪も衣も中国人風に変えて暮らしていたが、去年の暮、ある関帝廟で一夜の露霜を凌いでいたが、その暁に火事で焼けてしまいます。

これは元より廟もりの過失[アヤマチ]なれど、廟もりは自己[オノレ]が罪を逃れんとて、吟蜩子の仕業なりと云ひければ、知る人なき孤独の客[カク]の争ひ難く、牢獄の内に籠められ、冤枉[エンオウ]の罪に苦[クルシ]みしを、亢龍如何にしてか聞出[キキイダ]しけん、人物風雅に談論軽妙なるを知りて、尋ね来りて相語りしに、思ひしよりは尚まさり、傲慢の耳にも面白くめづらしがりつ、遂に自己[オノレ]の家の子にせんと、かゝる矯子[キョウシ]の癖として、父にせがみて免[ユル]されん事を願へば、素[モト]より賄賂行[オコナ]はれ私謁[シエツ]盛んなる官員仲間、早速に埒[ラチ]明きて恙[ツツガ]なく引取[ヒキトリ]得たり。是れより亢龍傍[ソバ]をはなさず、様々の事を問ひ尋ねて其[ソノ]答[コタエ]を自己[オノレ]の説として、朋友の間に説誇[トキホコ]れば、皆其[ソノ]見識學問の進みたりとて驚嘆すれば、ます/\竊[ヒソカ]に喜びて、昔の人の帳中[チョウチュウ]に秘し置きたりし論衡[ロンコウ]よりも尊[タット]しと、深くも小室[ショウシツ]に潜ませて、少しも外出[ソトデ]を許す事なければ、吟蜩子より考ふれば、牢獄を出[イデ]て牢獄に入[イ]りしに異ならず、有り難迷惑のゑせ恩義の足かせかけられて、走らんとするにも抜目[ヌケメ]なき番人に自由ならず、物に頓着せぬ気軽男[キガルオトコ]も、或時[アルトキ]はよわりて溜息つく折もありけり。今しも亢龍は戸を披[ヒラ]きて、のさ/\と入[イ]り、吟蜩子徒然[トゼン]だらうと云ひつゝ、後[ウシロ]に従へし童子に種々の珍肴美酒[チンコウビシュ]を卓[タク]の狭きまで推[オシ]ならべさせて、
亢「聊[イササ]か君の鬱陶[ウットウ]を慰め、且つ共に快く談笑しようと思つて。」
吟「いやもう眞[マコト]に有難い。」と軽[カロ]き調子の挨拶は、二十五の壮者[ワカモノ]には中々枯れた口前[クチマエ]なり。傲慢の亢龍も流石に云ひ出し憎[ニク]くや、酒[サケ]漸く酣[タケナワ]なる比[コロ]、僅[ワズカ]に酔ひの力をかりて、
亢「君に一つ頼みたい事があるが、盡力[ジンリョク]して呉れるか。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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