見出し画像

#1329 おやおや似た者夫婦ですかね

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

青木よき程に茂って、暑さも小川の水泡とともに流れ去る景色。庭には、イタリア製の寒水石の大亀の噴水、蔓草をからませて屋根としたる東屋、ここは5万坪の広大なぶんせいむの下屋敷。戸の外からじやくそん夫人がるびな嬢に声をかけます。「お嬢様、蒸しますのにご書見ですか」「絵を描いていたのさ」「墨絵の枯木に鳥ですか」「枯木ではないよ。新橋色という顔料で葉が描いてあるのだよ。高窓の日除けがただの白い紗じゃ面白くないから何か描いてみろとお父様がおっしゃるから、これを明日掛けておくのだよ。そこの高窓は西だから夕日がきらきらすると、熱を感じて、葉が青く現れて、日が没すればまた白くなってしまうのよ」「それだからしんじあ様の真似をして、うちの夫までが妙慧だの優美だのとあなたを褒めていますわ」「からかってはいやよ」

「おほゝ、じやくそんにほめられて喜ぶのは妾[ワタシ]計[バカ]りでせうが、しんじあさまに賞[ホメ]られては、御嬢さんだつて嬉しくない事はありますまい」。
滑稽まじりに軽[カロ]く云ひ捨て、云はぬ人の意[ココロ]に釣[ツリ]をかけるも、浮世の智慧に肥え膏[アブラ]つきたる年増の功かや。
「うそを云つてはいやだよ」
「いゝえ、眞實[ホントウ]ですよ。しんじあ様は何日[イツ]でも、貴嬢[アナタ]の御噂[オウワサ]を妾[ワタシ]どもが致しますと、實に得難い貴女[キジョ]だ、世間の婦人が、皆[ミナ]此の令嬢の様[ヨウ]であつたら、しんじあが口を敲[タタ]かずとも、平和と清浄[ショウジョウ]の世界が出来るだらうと被仰[オッシャリ]ますよ」。
「うそ/\、然[シカ]し世間の紳士が皆しんじあ様のやうであつたら平和と清浄の世界が成[デキ]るだらうよ」。
「おや/\、同じ様な事を仰[オッシ]やる。似た者夫婦ですかね」。
と云れてはつと茜[アカネ]さす、二ツの頬は隠し得ぬ、赤き心の兆[シル]しなるべし。ちェりィはぽんと膝をたゝき、
「まァ妾[ワタシ]とした事が、とんだ麁相[ソソウ]を申しました、……然しあの廣告[コウコク]一件、……あれはまァどうした事でござりますえ、一昨日[オトトイ]にうよるくの御宅へ出ましたら、あなたは御不在[オルス]でしたから、一寸[チョット]しんぷる様に伺ひましたら、笑ひながら多分世界第一の御婿さまが来るだらうと仰[オッシ]やりましたが、……随分世間に廣告[コウコク]で縁[エン]を定める者もありますが、それは大抵[タイテイ]中以下[チュウイカ]の人ですよ。それにまた、あの廣告[コウコク]のふしぎな文面、猶太人[ジュデアジン]でも支那人[シナジン]でも構はぬとは、あまりの事、……ぶんせいむ様の御心[オココロ]も豪気[ゴウギ]過[スギ]るやうですし、夫[ソ]れを何とも云はぬしんぷる様の気もしれないではありませんか」。
「しんぷるの心なんぞは、妾[ワタシ]なんぞに知れるものかね」。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?