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#1350 人欲は限りのない馬鹿者ですから……

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

第十回は、亢龍と唐狛が話しているところから始まります。唐「旦那さまは何を考えていらっしゃいます」。亢「貴様のような奴にも俺は俗物と違ってみえるか」。唐「ある老人が恬淡無欲の當世の太上老君、大聖人、大神仙だと評を致しました」。亢「してみれば天下皆めくらでもないが、それにしてもあの卜翁の言い草」。唐「無名翁が何か申しましたか」。亢「米国第一の美人に家事をやらせ、二億の財産を得て、天下の俗物にその高きを仰がせる……はは妙だな」。唐「新聞に出ていた求婚のことでござりましょう」。ここで唐狛は、亢龍が求婚するにあたって、ほかの男より不利な点を七つ挙げます。それを聞いて亢龍「だまれ、だまれ!」。唐「しかし不利ではござりませんか。ここにひとつ妙知恵があるので……」。そこで唐狛は、亢龍にささやきます。それを聞いて亢龍、「しからば奴を……」。亢龍の家には、食客として吟蜩子という日本人がいます。富貴も名誉もあえて求めず、ただ何となく世を送っています。ある日、興に乗じて故郷を出て、髪も衣も中国人風に変えて暮らしていたが、去年の暮、ある関帝廟で一夜の露霜を凌いでいたが、その暁に火事で焼けてしまいます。これは廟守の過失であるが、おのれの罪を逃れようと吟蜩子の仕業とし、牢獄に籠められますが、亢龍がこのことをどこかから聞き出し、人物風雅で談論軽妙な吟蜩子を面白がり、父に頼んで引き取ることにします。亢龍は吟蜩子に様々な事を聞き、その答えを自分の説として友人に説き誇ります。そんな吟蜩子のもとへ行き、亢龍は言います。「君にひとつ頼みたいことがある」。

吟「是[コレ]はあらたまつて、……古詩[コシ]でも作りますのか、……先日御話[オハナシ]の新西湘記[シンセイショウキ]でも作らうと云ふのですか。」
亢「いや。」
吟「翻譯[ホンヤク]の御好みでもあるのですか。」
亢「いやそんな容易の事ではない。……然し成否によらず是をやつて呉[ク]れるなら、君の豫[カネ]ての頼みも聞き届けやうから、承諾し給へ。」
吟「それは有難い。……兎も角も僕に自由を與[アタ]へやうと仰しやるなら、無論盡力[ジンリョク]致します。」
亢「早速の承諾満足なり。外[ホカ]でもないが今度妻[サイ]を迎へるに」
吟「賀詞[ガシ]でも作りますか。」
亢「まだ其處[ソコ]までにはならない、……君も知つて居るだらうが、米国のぶんせいむといふ男が、奇異の廣告[コウコク]をして婿を求めるのを、……ところで予[オレ]が其[ソノ]るびなといふのを得たい、……親父なんぞはどうでも構はぬ、事[コト]成つてから告ぐれば俗物共は眼を睜[ミハッ]て口をあく許[バカ]りだ、……ところで、君を煩[ワズラ]はしたいのは、各国から何百人集まるか知れないから、果して誰が不愉快の感情を抱かない愉快の男子だかと、試みるに相違ないから、其[ソノ]試験に僕の名を被[カブ]つて出てもらひ度[タイ]のだ、……君なら必らず及第する、……そこで結婚の約束だけとりきめて、何様[ドウ]にかごまかして婚後[コンゴ]の旅行に、るびなを此處[ココ]まで引張[ヒッパッ]て来てくれゝばよいのだ。勿論是は十分に君を信用するからの事だ。さすれば君に自由を與[アタ]へ旅費を呈し、各省の旅行通券[ツウケン]を與[アタ]へて、其後[ソノノチ]は君の勝手にまかすのだ。」

思いついた妙案って、替え玉ですか!w

吟「や、いけませんよ。どうも婿の代理人て……そんな馬鹿気た事があるものですか。」
亢「君はぶんせいむの廣告[コウコク]を虚誕[キョタン]と思ふか。」
吟「世の中に苦のない者もないに、あんな笑[オカ]しな廣告[コウコク]、……然し虚誕[キョタン]とも思ひません。秦皇漢武[シンコウカンブ]が方薬仙人[ホウヤクセンニン]を求めたのも同じ事で、人欲[ニンヨク]は限りのない馬鹿者ですから、衣食住や財産爵位名誉等[トウ]が十分になると、尚[ナオ]進んで長生[チョウセイ]を願つたり、神通を得たがる者で、……兎角何不自由もない人が、浮世を観[カン]じたとか、無常を悟つたとかいふ向[ムキ]の多いのも、矢張つまる所は躰[テイ]を變[ヘン]じて来た計[バカ]りの、同じ慾に使はれるので……ぶんせいむも其[ソノ]通りで、天女[テンニョ]も五衰[ゴスイ]の世の中に、此様[コノヨウ]な愚[オロカ]な考[カンガエ]を起[オコ]したのですから、これに應[オウ]じて及第する人はありはしません。」

唐の詩人・白居易(772-846)が著した『新楽府』の一篇「海漫漫[カイマンマン]」は、海原を越えて蓬莱山に不死の薬を求めさせた秦の始皇帝(前259-前210)や漢の武帝(前156-前87)を批判した歌です。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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