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#1402 明日、しんじあを連れて来い!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

二階で物音がするのでちぇりいが二階へ行くと、足に手紙がつけた鳩が帰ってきています。手紙の宛名は「すみとる、じぇい、こばると」。手紙を読んで見ると、「この封を切りし者は、ふたたび封をなして同じ名宛に放つことを願う」と書いてあります。「わかった。こばるとがわかった。鉱物さ。それを溶かした水で書くと見えないが、熱にあてると青く出るのだ」。手紙をストーブにかざすと、ありありと文字が浮かんできます。「頼もしいじやくそん夫婦よ、婚礼は明後日と定められたが、父上の圧政を逃れて自身の望みを貫く手段を取ろうと思う。これ、あの人を深く信ずればなり。あの人が家から逃げる私の処置を是認せしならば鳩の左の足を細い糸で縛ってください。今夜十二時、ひそかに出ようと思うため、何卒、花園の西の隅のエンジュの木のほとりでお助け下さい。もし私の処置をよろしからずと思えば、鳩の右の足を縛ってください」。これを読んでちぇりいが言います。「お嬢様がおとなしい者だからこんな事になってしまったのですよ。ぶんせいむ様だって物好きにもほどがある。しんじあ様も意気地のない。あなたもあなただ。ぶんせいむ様に呑まれてしまって、少しも男らしい親切をしたことがないからこんな事になったのです。男いっぴきのくせに!」。「しんじあ様は、ぼすとんへ説教に行き、昨日から留守だから弱っているのだ」。そんな時、五時の鐘がぼんぼんぼん……。「戸を叩いているようですよ」。「鳩を取りに来たのだろう。こちらに通せ」。「大丈夫ですかね」。戸を開くと下婢が会釈して「お嬢様の鳩が一羽逃げ去りましたが、こちらへ参りましたら受け取ってこいとのご命令ですから、どうかお渡しを願います」。「ご無沙汰見舞いの手紙を一本添えてあげますからお嬢様にあげなすって下さいまし」。「手紙はぶんせいむ様のお目にかけた上でなければお届け申すことはできません」。「それなら鳩の送り状をあげますから、あなたの面前で書きますから」。「それは承知いたしました」。じやくそんが「不幸にも不在のところへ到着しましたので捕らえておきました。兎も角も逃げぬようになされまし」と送り状に書き、下婢を見送ると、ちぇりいは満面の笑みを含み「それでこそよし!頼もしいお方、智慧のあるお方、わたしの大事の殿御です」と言います。じやくそん「それはよいが、しんじあ様は明日の夕方でなくてはお帰りにならないから実に弱る。亢龍という奴も忌々しいがぶんせいむも分からないオヤジだ。このあめりかに住んでいながらぶんせいむほどの自由を尊ばないバケモノはありやしない。どうしてくれよう。あんなバケモノに負けるものか。ぶんせいむを諭して閉口させて追い出させてしんじあ様を婿にするように議論を仕掛けてやろう」。ちぇりいは言います……

「それもようございませうが、あの支那人に撞着[デックワ]せないやうになさいまし。何でも大變[タイヘン]に口が達者な妖物[バケモノ]ださうですから……そして愉快とかいふ書[ホン]を著して本屋に渡したさうで、まだ出版にならぬ内から大層な評判ですから大かた腐れ哲学者でせう。」
と種々様々の評論相談に其[ソノ]夜[ヨ]は共に遅く寐[イ]ねて翌日東が白[シラ]むや否[イナ]服をあらためて家を出[イ]で、ぶんせいむを訪[トムラ]ひ面會せしが、素[モト]より短気の性質なり、殊に心もせはしければ、僅[ワズカ]に一禮[イチレイ]終るを待ち、
「今日[コンニチ]は警醒會員として一言[イチゲン]君の誤りを諫[イ]さめんと欲して参りましたが、元来人間には、」
「言ふな/\、しんじあの囈語[ネゴト]の取次は聞きたくない。風は空嚢[クウノウ]を揚げ、説は愚人を動かすだ。貴様達の口頭[クチサキ]の風に煽られるぶんせいむではない。」
「少し待ち給へ。君は誤謬[アヤマリ]をなす事を甘んぜらるかは知らざれども、」
「何を云ふのだ。愈々[イヨイヨ]貴様は寝惚[ネボ]れて居る。人が甘んじて事をなす時は即ち誤謬[アヤマリ]と考へざる時だ……そんな事を云はずと帰へり給へ。」
「否々[イナイナ]決して帰りません。君が、人の自由を矯[タ]むる事は悪しき事なり、と悟るまでは決して帰りません。人の自由は廣大[コウダイ]なれども他の人の自由を妨げるの自由は許さるべき者にあらず。聞く所によれば君は。」
「あゝやかましい君なんぞはどうせ理屈の分る人間ではないくせに、」
「是はけしからぬ。」
「けしからぬもないものだ。君が一言[イチゲン]でも二言[ニゲン]でも饒舌[シャベ]るのは皆しんじあから学んだのだ……おれの行為を誤謬[アヤマリ]だなどと諭すなら本家本元のしんじあを連れて来い。諺にも神は拝むとも和尚は拝むなとある、しんじあの話なら少しは聞[キイ]てもやらうが貴様なんぞは相手にするに足らぬ。明日の朝ぜねらす村へしんじあと二人で来い。理屈を云ひたければしんじあに云はせろ。」

というところで「第十八回」が終了します。

さっそく「第十九回」へと移りたいのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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