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#1405 るびな嬢が結婚してしまうのです!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

長かれと思う日影も短く、涙に濡らす袖も乾かぬ間に日は暮れ、いよいよ今日の悲しみにさしかかります。頬の色しろく、飲食は喉を通らない。「じやくそんの返事を考えればしんじあ様はお留守にちがいない。心を尽くして届けた文も何の役にも立たない。とうとう今日になったがもう智慧も何もない。どんな事があってもこの部屋より外へは出まい。もはや絶体絶命……生育の恩は深く、愛護の情は厚く、親の威光は強くても、もう背かずにはいられない。恋の意地、恋なればこそ死にもせん、恋は女の命の主……二億ばかりの金銀は光っても恋を買う値はない……人間とは兎角誤りばかりする動物……そんな動物から貰った人爵は石碑の模様になるばかり……名利はつまらない者だと決断してみれば恐ろしいものはない。父上は、貨物の空なカバンは潰れやすいと仰ったが、今日は神聖の恋というものがつまっている。父上の勇猛な力でも無法の圧政でも潰される気遣いはない」。一方そのころ、じやくそんは、帰ってきたしんじあの家を訪れます。「しんじあ君、ぼくと一緒に行きたまえ」。「どこへ行くのですか」。

「そんな事を云つて居る間[マ]はない。直[ス]ぐ馬車の支度をさせ給へ。」
「何だか少しも分らない。一體[イッタイ]どうしたのです。」
「それだから君はいけない。君はどうも遅鈍[チドン]で困る。大變[タイヘン]です。」
「大變[タイヘン]とは。」
「るびな令嬢が婚姻する。」
「あッ、だヾだれと。」
「ぶんせいむと……えゝ間違つたぶんせいむの壓制[アッセイ]で支那人と。」
「ほんとですか。」
「元より虚言[ウソ]は吐[ツ]きません。」
「あッはゝ君は虚言[ウソ]を本たうにして居るのでせう。」
「慥[タシカ]に眞實[シンジツ]です。一昨日[イッサクジツ]令嬢からの手簡[テガミ]があつたのです。……そこで令嬢は二つの考へを起[オコ]したので……一つは抵抗しやうと云[イウ]のです、一つは逃亡しやうと云ふのです。」
「えゝそれから君は何と返辭[ヘンジ]をした。」
「流石の令嬢も婦人だけに、せまつての考へはすこし不穏當[フオントウ]ですから、逃げるのはおやめなさいと返辭[ヘンジ]したのです。」
「あゝそれでよろしい。」
「然し其[ソノ]まゝにして過[スゴ]しては令嬢の困難も思ひやられますから昨日[キノウ]警醒會員の資格で僕がぶんせいむを諫めて思ひ立[タチ]をやめさせやうと圖[ハカ]りましたが、夫れは無益で、遂にしんじあを連れて来いといふぶんせいむの一語を終りとして別れたのですが……君の言[ゲン]ならば耳にも入れるが僕の言葉はまるで聞かないと云ふのですから、是から君と同伴[イッショ]にぶんせいむの處[トコ]へ行つて其[ソノ]壓制[アッセイ]を折り挫[ヒ]しぎ、其[ソノ]誤謬[アヤマリ]を悔い改めさせてやらうといふのです。」
「夫れは無益[ダメ]だ……行[ユ]かない。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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