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#1387 最終試験なのに、ひとり来ない!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

ぶんせいむは、うつむいて椅子に座るるびなに向かって「おまえの幸福の日が近づいてきた」と言います。今日は最終試験の日、最終試験に残ったのは五人。ぶんせいむは、前回の試験「不愉快という題で、その起因・性質及びこれを矯正する方法」に関する執筆問題で、どんな答えがあったのか、るびなに披露して驚かせようとします。「衣食住に足るを得れば不愉快はない」と答えた者は落第、「不愉快とは学問を食い足りぬ人の胃にある所の飢えの傷み」と答えた者も落第、「不愉快とは神の作り給える天地は善美なりという事を信ぜざる腐敗の脳髄に生ずるカビ」と答えた者も落第、しかし「不愉快とは不愉快を打破る勇気のない時の有様ゆえに勇気あれば即ち不愉快なし」と答えた者は及第、さらに「世間に一つも不愉快なし、ただるびな令嬢の歓心を得ざる時は大不愉快なれども、そのときは自殺すべければ不愉快もなし」と答えた者も及第だと言います。さらに、四十枚もの詩を書いた人もいるようで、るびなはぶんせいむに内容をお話くださいませんかと言います。太平の世に夫婦となったが、夷狄が攻めてきたので、夫は戦争に出るが戦死し、妻は悲しんで盲目となり、高山の雪中で凍死するという内容で、それを聞いたるびなは「もうやめて下さい。悲しくって胸が痛くなります」と言います。さらに「知らない」と答えた人もいるようで、ぶんせいむはこの人を及第とします。すると、るびなは……

「人を嘲弄するやうな答へではありませんか。」
「だから古今未曾有[ココンミゾウ]だ。皆がわれ勝[ガチ]に多少の思[オモイ]を凝らして答へる中に知らずと即座に答へたのは妙だよ。」
と頻[シキ]りに話す處[トコロ]へ腰を屈[カガ]めて入[イ]り来[キタ]るしんぷるはぶんせいむに向ひて、
「丁度時刻で御座りますが、まだ皆さんお揃ひになりません。」
「さうか誰がまだ来ない。」
「あのたいらッくといふ詩人がまだまゐりません。」
「はてな……むゝよい/\。構はない。直[スグ]に試験をはじめやう……るびな貴様もおれと同伴[イッショ]に来い。今日はたヾ浮世話しを四人の客にさせて見る計[バカ]りだ。」
る「あのしんぷるや、詩人は来ないのかえ。」
ぶん「詩人が来ても来なくてもよいからさあ同伴[イッショ]に客間へおいで。」
る「はいどうも。」
ぶん「何をぐづ/\して居るか否[イヤ]なのか。」
る「はい。」
しん「御嬢様お出[イデ]なさいましな。」
る「いやだよ。」
ぶん「よし/\。そんならしんぷる、四人を別々の部屋にいれて置け。」
といへばかしこまりましたと出行[イデユ]きけるが、暫くして復[マタ]入[イ]り来[キタ]り、
「仰[オオセ]の通りに致して置きました。それに郵便が一ツまゐりました。」
と差出[サシダ]すを手にとりて讀めば、
「可憐の少女は麗はしき天上の三日月をとりて髪を飾るの櫛[クシ]となさんと欲すれども、風流の韵士[インシ]は誰れか園中[エンチュウ]の薔薇を折[オリ]て瓶[カメ]に挿[サシハサ]むの花となすを願はんや。白薔薇[ハクショウビ]。暁天[アカツキ]の空にきらめく星の影の落[オチ]て凍[コオリ]しか、冷風[スズカゼ]に香[カ]を吐く、さては白薔薇[ハクショウビ]一輪[イチリン]咲きしな。……さもあらばあれ、色は眼に香[ニオイ]は袖に、深くも染みてあるものを、何とて人の心なく折らんとするぞ、心なや。」
る「あゝまことに悠々として限りなき恨み。」
ぶん「恨みではない面白味だ。」
しん「あの詩人の手紙ですか。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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