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#792 池の名は「文界名所底知らずの池」

それでは今日も『底知らずの湖』を読んでいきたいと思います。

話の内容は、昨夜に見た怪しい夢に関することのようでして……場所はどこだかわからないが、池のような沼のような湖があります。周囲の距離もはっきりせず、湖のかたちは鶏の卵のようです。あたりの山々には春夏秋冬が一斉に来ており、空には高い峰々、滝の音は雷のようです。ここに霧が立ちこめる洞窟があります。これはどこへ続く道なのか。梅の花は白く、鶴がおり、丸木橋がかかっている。水の底には砂金が敷かれ、夏の木の実がなり、秋の果物が実っています。ここは、極楽の浄土か、天上の楽園か……。金翼の鳥が神々しく歌い、白色の花が神々しく舞っています。なんという怪現象なのか!

恍惚として見やるあなたに雨露[アメツユ]に曝[サレ]たる高札[タカフダ]ありけり。近よりて見るに幾百年[イクモモトセ]とや経[ヘ]たりけん。書きたる文字の形も定[サダ]かならぬを辛うじて「文界名所底知らずの池」とまでは読み得つ奉行の名も年月[トシツキ]も知るに由[ヨシ]無し。然るあいだ何の発明したる所もなければ只茫然として立とどまりてありける程にいつの間にいづこより来[キ]にけん。道服[ドウフク]とかやいうもの被[キ]て物々しき容貌したる翁[オキナ]右手[メテ]に大[オオキ]なる扇[オオギ]をもち左手[ユンデ]に太き笞[シモト]を提[ヒサ]げて且[カツ]あふぎたて且[カツ]打叩[ウチタタ]きつつ来[キ]にけり。そが後[アト]よりなうなう観兆夫子待[マチ]たまへと叫びつつ来るものを見るに一人は浮屠[フト]の道心[ドウシン]と見え一人は基督教を信ずる人と見えたり軈[ヤガ]て三人[ミタリ]一団[ヒトツ]になりて或[トア]る松が根に佇立[タタズ]み遠近[オチコチ]の景色を打眿[ウチナガ]めてありけるが夫子[フウシ]先づ感歎の掌[タナゾコ]をはたと拍[ウ]ち天[アマ]が下[シタ]の人挙[コゾ]りて此[コノ]湖の風景を称し空前絶後の名所なりといへること実[ゲ]にやげに眞[マコト]なりけり。あれ見られよと波穏[オダヤ]かなる所に鴛鴦[エンオウ]の睦[ムツマ]じう浮きて遊べるは夫婦の義を見せたるなり。又[マタ]枯枝[カレエダ]にとまれる烏[カラス]は反哺[ハンポ]の孝[コウ]をほのめかしたるにや面白し。

鳩は親鳥よりも三本下の枝にとまり、烏は成長ののち親鳥の口にえさを含ませて養育の恩に報いるということから、人間はなおさら礼儀を尊び親孝行しなければならないということを「鳩に三枝の礼あり、烏に反哺の孝あり」といいます。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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