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#1423 第三回は、宿屋のおやじが、その後の室香とお辰の母子の物語を語るところから……

それでは今日も幸田露伴の『風流佛』を読んでいきたいと思います。

今日から「第三回」に入ります!それでは早速読んでいきましょう!

第三 如是性[ニョゼショウ]

上 母は嵐に香[カ]の迸[ハシ]る梅

山家[ヤマガ]の御馳走は何処[イズク]も豆腐湯波[ユバ]干鮭[カラザケ]計[バカ]りなるが今宵[コヨイ]はあなたが態々[ワザワザ]茶の間に御出掛にて開化の若い方には珍らしく此[コノ]兀爺[ハゲジイ]の話を冒頭[アタマ]から潰[ツブ]さずに御聞[オキキ]なさるが快ければ、夜長の折柄[オリカラ]お辰の物語を御馳走に饒舌[シャベ]りましょう、残念なは去年ならばもう少し面白くあわれに申し上[アゲ]て軽薄[ケイハク]な京の人イヤ是[コレ]は失礼、やさしい京の御方[オカタ]の涙を木曾に落[オト]させよう者を惜しい事には前歯一本欠けた所[トコ]から風が洩れて此春以来御文章[オフミサマ]を読むも下手になったと、菩提所[ボダイショ]の和尚様に云われた程なれば、ウガチとかコガシとか申す者は空抜[ウロヌキ]にしてと断りながら、青内寺煙草[セイナイジタバコ]二三服馬士張[マゴバ]りの煙管[キセル]にてスパリ/\と長閑[ノドカ]に吸い無遠慮に榾[ホダ]さし焼[ク]べて舞い立つ灰の雪袴[ユキンバカマ]に落ち来[キタ]るをぽんと擲[ハタ]きつ、どうも私幼少から読本[ヨミホン]を好きました故[ユエ]か、斯[コウ]いう話を致しますると図に乗っておかしな調子になるそうで、人我[ニンガ]の差別[シャベツ]も分り憎くなると孫共[マゴドモ]に毎度笑われまするが御聞[オキキ]づらくも癖ならば癖ぞと御免[オユルシ]なされ。さてもそののち室香はお辰を可愛[カワユ]しと思うより、情には鋭き女の勇気をふり起して昔取ったる三味[シャミ]の撥[バチ]、再び握っても色里の往来して白痴[コケ]の大尽、生[ナマ]な通人[ツウジン]めらが間[アイ]の周旋[トリモチ]、浮[ウカ]れ車座のまわりをよくする油さし商売は嫌[イヤ]なりと、此度[コノタビ]は象牙を柊[ヒイラギ]に易[カ]えて児供[コドモ]を相手の音曲[オンギョク]指南、芸は素[モト]より鍛錬を積[ツミ]たり、品行[ミモチ]は淫[ミダラ]ならず、且[カツ]は我子[ワガコ]を育てんという気の張[ハリ]あればおのずから弟子にも親切あつく良い御師匠様と世に用いられて爰[ココ]に生計[クラシ]の糸道も明き細いながら炊煙[ケムリ]絶[タエ]せず安らかに日は送れど、稽古する小娘が調子外れの金切声[カナキリゴエ]今も昔わーワッとお辰のなき立つ事の屡[シバシバ]なるに胸苦しく、苦労ある身の乳も不足なれば思い切って近き所へ里子にやり必死となりて稼[カセ]ぐありさま余所[ヨソ]の眼さえ是[コレ]を見て感心なと泣きぬ。

「ウガチ」とは人情の機微をうがつこと、「コガシ」とは巧みに身振り交えて話すことです。

「青内寺煙草」とは信濃国伊那郡清内路村(現在の長野県下伊那郡阿智[アチ]村清内路地区)で生産された刻み煙草のことです。 

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!


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