#664 シェークスピアの作は無心無情の鏡の如し
それでは今日も坪内逍遥の「シェークスピア脚本評註緒言」を読んでいきたいと思います。
卞和(生没年不詳)は、春秋時代前期の楚に住んでいたとされる男で、『韓非子』和氏篇に、法術の士の孤独を説明する説話で登場します。
あるとき卞和は山中で玉の原石を見つけ楚の王に献上します。しかし王が石を鑑定させると、ただの石ころだと言ったため、卞和を足斬りの刑にして左足を切り落とされます。王が死に、王の弟が次の王に即位すると、卞和は再び原石を献上します。しかし結果は同じで、卞和を嘘つきとして今度は右足を切り落とされます。弟の王が死ぬと、弟の子が王となります。卞和は三日三晩嘆き悲しみます。王は人を遣わし、その理由を問うと、足斬りにあった事が哀しいのではなく、宝石なのに石ころと言われた事、嘘つきと言われた事が悲しいと答えます。そこで王が原石を磨かせてみると、それは見事な宝石となりました。王は、自分達の非を認めた上で卞和を賞し、この宝石を「和氏の璧」と名付け、楚の国宝としました。
シェークスピアの作は無心無情の鏡の如し!
ドイツの文学・政治史家のゲオルク・ゴットフリート・ゲルヴィヌス(1805-1871)は1849年から1852年の間を中心にシェイクスピアに関する作品を出版し、ドイツの哲学者のヘルマン・ウルリチ(1806-1884)は、文学批評の領域で、シェイクスピアの演劇芸術に関する論文を発表します。
イギリスの精神科医であるジョン・チャールズ・バックニル(1817-1897)は、精神科医の立場から『シェークスピアの心理学』(1859)や『シェークスピアの医学的知識』(1860)などを出版し、イギリスの文芸批評家のリチャード・グリーン・モールトン(1849-1924)は『劇作家としてのシェークスピア』(1885)を出版し、アメリカの文芸評論家であるヘンリー・ノーマン・ハドソン(1814-1886)は『シェイクスピアに関する講義』(1848)を出版します。
ということで、この続きは…
また明日、近代でお会いしましょう!
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