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#1373 瞳を注いで座を見れば……

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

試験日の翌日の11月6日に、ぶんせいむは新聞の広告欄内にこんな文章を寄せます。「予の愛女のために求婚の広告をなしたる以来申し込み非常に多く、ついに昨日、資格を有してるか試験をした。少しの時間の空費と、礼節の欠乏に堪えられず不快の念を抱き立ち去った者197人あり。無試験という平和の洋上にありながら狂瀾し、自らの船の脆弱を露出して、到底人生の航海を安全愉快に終えられない者であるため、自ら問題とし自ら落第した人々と見做して謝絶する。また、予が園中を去れと言った時、これに従わずに留まった者は、謙譲の美徳を知らず、不快の念に克つことなく、無礼の風に憤る者であるため謝絶する」と……。十日ほど経って、第二回の試験となり、31人の候補者が集まり、しんぷる夫婦は丁寧に挨拶して、広い堂のうちに並べられたテーブルの前に座らせ、「第二回の試験は、主人が考えるところの問題の答えを求めます。用語は随意、時間は十一時まで、答えを書き終えたら署名して渡してください。さてその問題は……不愉快という題で、その起因・性質及びこれを矯正する方法を答えることを望む」。堂内は水を打ったように静まりかえるが、そのうちより、活発に壮快に敏捷に、躍るように走り出る者がいます。その男、しんぷるに向かい「予は既に答えをなせり。いざご案内下さるべし」と言います。紙を見ると、答えはたしかに出来ています。ぶんせいむもあまりの早さに驚き、「支那の紳士の田亢龍という者はお前か。数千里の海山越えて米国へ……面皮の厚さといい、感心の胆勇だ」。すると田亢龍(の名をかたった吟蜩子)は「ぶんせいむの選んでとるべき人は我ならずして誰ならん」と反り身になって言い放ちます。ぶんせいむはいよいよあきれて言葉なく茫然とします。

折からしんぷるは四五人を案内して入来[イリキタ]れば、ぶんせいむ立つて一々挨拶握手する内、追々続いて来る人々、漸くに十時三十分頃までには二十七人となるを、さらばとぶんせいむのいふにまかせ、しんぷるは此方[コナタ]の食堂へと案内しける。閾[シキイ]を越[コユ]れば天井高く電燈明るく、敷物の美麗なる装飾[カザリ]の優美なるは辭[コトバ]にも演[ノベ]がたき結構、贅澤[ゼイタク]の極點[キョクテン]と、猜忌[ソネミ]から起[オコ]る悪評も逃れにくき豪奢[ゴウシャ]なれど、死んだ先の天國願ふまでもなし、生ける中の仙郷[センキョウ]、是[コレ]でこそと羨[ウラヤ]む人も多かるべきが、うたてや太陽に暗穴[アンケツ]、えでんにも蛇の住みし人の世ぞかし、あはれ戀[コイ]てふものゝなかりせば乙女心の長閑[ノドカ]かるべきを、藻にすむ虫のわれからと泣くのみにはあらで、父の無理に押籠[オシコ]められつ、おのが思ひに垂れ籠りたるるびなは、しんぷるの妻に引出[ヒキダ]されて、よりどころなき花瓜[ハナウリ]の蔓[ツル]おきまどふ風情にて、一列におきならべなる大なる食卓[テエブル]の左の端に、右の端の父と對[ムカ]つて坐[スワ]りける心の中[ウチ]こそ悲しけれ。つれなくば世に生[イ]けらじと思ふ身の命[イノチ]定めに其人[ソノヒト]のあるかなきかを見極めんと、睛[ヒトミ]を注いで坐[ザ]を見れば、いまはしや鼠食[クラ]ふ支那人、おそろしや決闘好きの佛蘭西[フランス]人は尤[モッ]とも近く、饂飩[ウドン]のぬらりとした伊太利[イタリイ]人、麥酒[ビイル]のさらりとした独逸人、髭[ヒゲ]をかしくすり附けし今様[イマヨウ]才子[サイシ]、まなこ怪しく光るゑせ豪傑、我れ勝[ガチ]としたり顔[ガオ]するは罪もなけれど、いと憎くして其人[ソノヒト]に似る者もあらざりし。後[オク]れて来[キタ]りし三人も、無残や鶴に駝鳥[ダチョウ]、鴛鴦[オシ]に家鴨[アヒル]、孔雀に七面鳥との比例は、しんじあと此[コノ]人々の間に立つべき程の者計[バカ]り。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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