見出し画像

#1404 人間とは兎角誤りばかりする動物

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

長かれと思う日影も短く、涙に濡らす袖も乾かぬ間に日は暮れ、いよいよ今日の悲しみにさしかかります。頬の色しろく、飲食は喉を通らない。「じやくそんの返事を考えればしんじあ様はお留守にちがいない。心を尽くして届けた文も何の役にも立たない。とうとう今日になったがもう智慧も何もない。どんな事があってもこの部屋より外へは出まい。もはや絶体絶命……生育の恩は深く、愛護の情は厚く、親の威光は強くても、もう背かずにはいられない。恋の意地、恋なればこそ死にもせん、恋は女の命の主……二億ばかりの金銀は光っても恋を買う値はない……」。るびなの独白はつづきます……

「よく見れば愛想のつきる汚い蛍……蛍と命の主とはかへられない……何某様[ナニガシサマ]の令嬢とか、貴女[キジョ]とかいふ名は尊いやうでも高[タカ]が人間から貰つた名……人間とは兎角誤り計[バカ]りする動物……そんな動物から貰つた人爵[ジンシャク]はつまり石碑の摸様になる計[バカ]り……石碑の摸様と命の主とどうしてまァかへられようか。噫[アア]名利[ミョウリ]は詰[ツマ]らない者だと決断をして見れば恐ろしい者はない……お父[トッ]さんが何日[イツ]ぞや實力[ジツリョク]のない議論はたゝぬ、貨物[カブツ]の空[カラ]な革嚢[カバン]は潰れやすいと仰[オッシ]やつたが、今日は女の命の主といふ尊い者が主人の革嚢[カバン]に一杯はいつて居る。神聖の戀[コイ]といふ者がつまつて居る。お父[トッ]さんの猛勇[モウユウ]な力でも無法の壓制[アッセイ]でも、潰される気遣[キヅカイ]はない、と心の中[ウチ]に獨[ヒト]り問ひ獨[ヒト]り答へて定める気は張弓[ハリユミ]のいと強く一念[イチネン]征矢[ソヤ]の一筋に枉[マガ]らで直[ナオ]き女竹[オンナダケ]、何の巌[イワオ]も通さんと引きは絞れど放ち得ぬ親の爲[ス]るなる押付[オシツケ]に、身は姫反[ヒメゾリ]の反[ソ]りかねて、とにも角にも關板[セキイタ]のせき来る者は涙にてそヾろにぬるゝ袖すりや、箆中[ノナカ]の節[フシ]のふし柴[シバ]の凝るばかりなるう憂き歎き、思ひやり羽[ハ]もなかりけり。
※  ※  ※  ※  ※  ※  ※
じやくそんはぶんせいむに言ひ負かされて勝つべき道理ありながらすご/\帰りし口惜しさ。如何にもしてしんじあを伴ひ行[ユ]き、剛愎[ゴウフク]なるぶんせいむを屈伏させんと其[ソノ]翌日しんじあの家を訪[ト]へば既に昨夜帰りて居ければ、
「しんじあ君/\さァ僕と一所に行[ユ]き給へ。」
「まゝまた君は何か刺撃[シゲキ]を受けたと見える。そんなに急[セ]ぎ込まずと静[シズカ]にし給へ。留守中は色々。」
「そんな禮[レイ]は後にして僕と同行し給へ。」
「どこへ行[ユ]くのですか。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

この記事が参加している募集

#読書感想文

191,340件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?