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#1399 はやく立派な智慧をお出しなさいよ!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

二階で物音がするのでちぇりいが二階へ行くと、足に手紙がつけた鳩が帰ってきています。手紙の宛名は「すみとる、じぇい、こばると」。手紙を読んで見ると、「この封を切りし者は、ふたたび封をなして同じ名宛に放つことを願う」と書いてあります。「わかった。こばるとがわかった。鉱物さ。それを溶かした水で書くと見えないが、熱にあてると青く出るのだ」。手紙をストーブにかざすと、ありありと文字が浮かんできます。「頼もしいじやくそん夫婦よ、婚礼は明後日と定められたが、父上の圧政を逃れて自身の望みを貫く手段を取ろうと思う。これ、あの人を深く信ずればなり。あの人が家から逃げる私の処置を是認せしならば鳩の左の足を細い糸で縛ってください。今夜十二時、ひそかに出ようと思うため、何卒、花園の西の隅のエンジュの木のほとりでお助け下さい。もし私の処置をよろしからずと思えば、鳩の右の足を縛ってください」。これを読んでちぇりいが言います。「お嬢様がおとなしい者だからこんな事になってしまったのですよ。ぶんせいむ様だって物好きにもほどがある。しんじあ様も意気地のない。あなたもあなただ。ぶんせいむ様に呑まれてしまって、少しも男らしい親切をしたことがないからこんな事になったのです。男いっぴきのくせに!」。

じや「やかましい……考へて居る耳の傍[ソバ]で饒舌[シャベ]られてはこまる。」
「困るもない者[モン]だ。男一疋の癖に今になつて考へても何が出るものですか。ほんとに男一疋の癖に。」
「男一疋々々々とのべつに責めても仕方がない。女一匹だつて此[コノ]分別は付きはしない。」
「分別なんぞ生意気に付ける事はいりませんよ。早く駈けていつてしんじあ様にお聞きなさいよ。早く駈[カケ]てさ男一匹でさ……おや、なんだつて馬一匹でないのだらう、四本[シホン]の足なら早くつてよいのに。」
「馬鹿をいふな……しんじあ様は昨日から留守だから弱つているのだ。」
「あッさうでしたつけ。留守々々。なんだつて不在[ルス]なのだらう。人の気も知らないで。」
「ぢれたくつて仕方がない。明日でなくつてはお帰りにならないのだもの。ぼすとんへ説教に。」
「何だつて説教なんぞに行[ユ]くのだらう。」
とちェりいは周章[ウロタエ]騒ぎ、じやくそんは當惑[トウワク]の額へ皺を寄[ヨ]する中[ウチ]に五時の鐘ぼん/\/\。
「それ今五時の鐘がなりましたよ。……あゝ誰か来たやうだ、周章[アワテ]てはいけませんよ。早く立派な智慧をお出しなさいよ。」
「まてよ。」
「まてよではいけませんよ。あれあんなに戸を敲[タタ]くやうですよ。」
「よし/\ッ。大方[オオカタ]鳩を取りに来たのだらう。此方[コチラ]へとほせ。」
「大丈夫ですかえ。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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