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#1411 あなたはこの人を知っていますか?

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

試験首尾よきと電報を受けた田亢龍ですが、またもや来た電報を読むやいなや香港へと走ります。吟蜩子はぶんせいむの家で三四日饗応を受けたあと、胸中の計画がおおかた整ったため、汽車そして船に乗り香港に上陸しますが、波止場に待ち構える亢龍。遺恨のまなじり吊し上げ、待てと叫び、襟髪をむずと摑み、「恩を忘れし犬畜生め、家来ども、両手を押さえて引きずっていけ」。往来の人たちまち黒山のごとく群がり、田亢龍・吟蜩子そして従者の唐狛は警吏らに取り押さえられます。翌日、公聴の広間にて聴取が行われます。「昨日の波止場での騒ぎはなにゆえか」。亢龍が答えます。「殴打したのはただ召使いを懲らしめたにすぎない。自分にかわって米国につかわせたが、命令を果たさず逃げ帰り莫大の金銀を失ったため懲らしめた。かれを罰したまえ」。唐狛が答えます。「自分は亢龍の命で吟蜩とともに米国へ行ったが、自分の油断をうかがい遁走して、ついに自分に罪をおわせた。かれを懲らしたまえ」。吟蜩が答えます。「自分は召使いではなく、食客でありながらも抑留されて数か月を送る者。ぶんせいむが自分の娘の婿を天下に求むるにあたり、亢龍は分外の望みを抱き、自分が代わりとなって、ぶんせいむを偽って亢龍の名をもって契約させようと図る。自分は脅迫されてこれに従わざるを得なかった。かつ胸中考えるところあったため米国に赴いた。ぶんせいむの意にあたらず空しく帰ったが、亢龍は自分の非をさとらず、私の誤りを怒った。願わくば情実を察して亢龍を諭してほしい」。上官は言います。「吟蜩の言うところは理あるが疑うべき事多い。証拠はあるか」。「願わくは米国のぶんせいむに電報を打って問えば明瞭である」。そんな折、ひとりの警吏がやってきます。「市中の所々に広告があります。米国のぶんせいむの命によって香港の支店長しんぷるが亢龍を求めている、と
」。吟蜩が言います。「願わくはしんぷるを招き、自分に偽りがないことを証したい」。

彭「吟蜩汝の需[モト]めにより今しんぷるを呼ぶべきが、まづ汝に質[タダ]すは汝は一箇[イッコ]の男子なるに假令[タトイ]禍福をもつて脅かさるゝとも人の狗馬[クバ]となつて千里に使[ツカイ]するは人情あるまじき事にあらずや。」
吟「貴官[キカン]の仰せ其[ソノ]理あれども元来[モト]小生孤身[コシン]にして憑[ヨ]るところなく亢龍は顕門[ケンモン]の子にして當時[トウジ]是に背かば實[ジツ]に小生の危険測るべからざる者あり。且[カツ]小生も數月[スウゲツ]寄食[キショク]の恩もあれば意を枉[マ]げて是に従ひし者にして、小生に彼の暗愚剛慢[アングゴウマン]なるを憫[アワレ]むの心あれども少[スコシ]も是を恨むの意なし。故に今回帰りしも全く彼を諭[サト]して自ら分外[ブンガイ]の慾を断[タ]たしめ、又た小生との恩讎[オンシュウ]を都[ス]べて一掃せん爲[タメ]なり。」
彭「然らば其の方法はありや。」
吟「某[ソレガ]し豫[アラカジ]め旅中に草[ソウ]せし處の一書[イッショ]を賣[ウ]りて三千両餘[アマリ]を得たる故に之れを彼に遞[ワタ]して寄食の恩と一切の費用に酬[ムク]ひ、また彼れの妄信せし無名翁[ムメイオウ]の地盤なる者を工夫理解したる故に方陣秘説[ホウジンヒセツ]といへる一篇の書を與[アタ]へて過去の事を一笑に付せしめんと考へしなり。」
といへば彭令倫もうなづく所へしんぷるを呼び来[キタ]りて属吏[ゾクリ]は平伏すれば、知縣は會釋[エシャク]して打向[ウチムカ]ひ、
彭「足下[ソッカ]此[コノ]者を知れりや。」
と云へばしんぷるは顔見合せて、
しん「亢龍君。」
吟「あゝしんぷる君、余は亢龍と名乗りたれども實[ジツ]は吟蜩と云ふ者なり。」
彭「亢龍と名乗りし此[コノ]者は全く足下[ソッカ]の主人ぶんせいむ氏の息女と婚[コン]せんと申込みしや。また彼を知り給はずや。」
と唐狛を指させば、唐狛は顔をそむくるを窺[ノゾ]き込み、
しん「唐狛と呼べる従者[ズサ]なり。結婚の申込をせしは事實なり。而[シカ]して吟蜩は事既に成らんとするに當[アタ]りて逃亡せしよしは昨日[キノウ]主人よりの電報にて知れり。小生はぶんせいむ家[ケ]の家宰[カサイ]にして一切の事都[スベ]て知りたれば小生の云ふ所少しも過誤なし。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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