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#1478 その六は、騒いでいる十兵衛たちのところに上人様が現れるところから……

それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。

今日から「その六」に入ります!それでは早速読んでいきましょう!

其六

何事に罵り騒ぐぞ、と上人が下[クダ]したまふ鶴の一声の御言葉に群雀[グンジャク]の輩[トモガラ]鳴りを歇[トド]めて、振り上げし拳を蔵[カク]すに地[トコロ]なく、禅僧の問答に有りや有りやと云ひかけしまゝ一喝されて腰の折[クダ]けたる如き風情なるもあり、捲[マク]り縮めたる袖を体裁[キマリ]悪げに下[オロ]して狐鼠狐鼠[コソコソ]と人の後[ウシロ]に隠るゝもあり。天を仰げる鼻の孔[アナ]より火烟[カエン]も噴[フク]べき驕慢[キョウマン]の怒[イカリ]に意気昂[タカ]ぶりし爲右衞門も、少しは慚[ハ]ぢてや首を俛[タ]れ掌[テ]を揉みながら、自己[オノレ]が発頭人[ハットウニン]なるに是非なく、有[アリ]し次第を我[ワガ]田に水引き/\申し出れば、痩せ皺びたる顔に深く長く痕[ツ]いたる法令の皺溝[スジ]をひとしほ深めて、につたりと徐[ユルヤ]かに笑ひたまひ、婦女[オンナ]のやうに軽く軟[ヤワラ]かな声小さく、それならば騒がずともよいこと、爲右衞門汝[ソナタ]がたゞ従順[スナオ]に取り次[ツギ]さへすれば仔細は無うてあらうものを、さあ十兵衞殿とやら老衲[ワシ]について此方[コチ]へ可来[オイデ]、とんだ気の毒な目に遇はせました、と万人に尊敬[ウヤマ]ひ慕はるゝ人は又格別の心の行き方、未学[ミガク]を軽[カロ]んぜず下司[ゲス]をも侮らず、親切に温和[モノヤサ]しく先に立[タッ]て静[シズカ]に導きたまふ後[アト]について、迂濶[ウカツ]な根性にも慈悲の浸み透れば感涙とゞめあへぬ十兵衞、段々と赤土[アカツチ]のしつとりとしたるところ、飛石[トビイシ]の画趣[エゴコロ]に布[シカ]れあるところ、梧桐[アオギリ]の影深く四方竹[シホウチク]の色ゆかしく茂れるところなど縈[メグ]り繞[メグ]り過ぎて、小[ササ]やかなる折戸[オリド]を入れば、花も此[コレ]といふはなき小庭の唯ものさびて、有楽形[ウラクガタ]の燈籠に松の落葉[オチバ]の散りかゝり、方星宿[ホウセイシュク]の手水鉢[チョウズバチ]に苔[コケ]の蒸[ム]せるが見る眼の塵をも洗ふばかりなり。

ここでいう「法令」とは、鼻の両脇から唇の両端に伸びる、ほうれい線のことです。
「有楽形」とは、信長の弟の織田有楽斎(1552-1621)がひらいた茶道の一流派のことです。
「方星宿の手水鉢」とは、生け込み形で縦長の四角柱状の石で正面に星と刻まれている手水鉢のことです。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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