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#1331 おれが最も良い婿を取ってやる!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

青木よき程に茂って、暑さも小川の水泡とともに流れ去る景色。庭には、イタリア製の寒水石の大亀の噴水、蔓草をからませて屋根としたる東屋、ここは5万坪の広大なぶんせいむの下屋敷。戸の外からじやくそん夫人がるびな嬢に声をかけます。「お嬢様、蒸しますのにご書見ですか」「絵を描いていたのさ」「墨絵の枯木に鳥ですか」「枯木ではないよ。新橋色という顔料で葉が描いてあるのだよ。高窓の日除けがただの白い紗じゃ面白くないから何か描いてみろとお父様がおっしゃるから、これを明日掛けておくのだよ。そこの高窓は西だから夕日がきらきらすると、熱を感じて、葉が青く現れて、日が没すればまた白くなってしまうのよ」「それだからしんじあ様の真似をして、うちの夫までが妙慧だの優美だのとあなたを褒めていますわ」「からかってはいやよ」「しんじあ様は、世間の婦人がこの令嬢のようであったら、自分が口をたたかずとも、平和と清浄の世界ができるだろうとおっしゃりますよ」「うそうそ、しかし世間の紳士が皆しんじあ様のようであったら平和と清浄の世界ができるだろうよ」「おやおや似た者夫婦ですかね」「しかしあの広告の一件、どうした事でござります……ぶんせいむ様のお心も豪気すぎるようです」「わたしにお父さんの心はわからないよ。あの広告を新聞に出した前の日の夜、わたしとしんぷる夫婦を呼んで、『おれも七十余、娘は十九、よい婿を取って楽をしたいが、よかろうか』と尋ねるので、しんぷる夫婦は『まことにごもっとも』、わたしは『はい』と言ったのさ。するとお父さんが『世の中の夫婦をみるに、容貌・気質・財産などを標準として互いを選ぶが、これはただ嗜欲好尚を満足させることを目的としてするのだから、ややもすれば満足を得られないのみならず、ほかの点で不満足のことを見出して、ついに不幸の生活で終わる……またひとつは、人を看破する眼力のない者が、みだりに目の前のことに眼が眩んでたちまち選定するからだと思うがどうだ』と言うから、しんぷる夫婦も私も「道理です」と答えたのさ。

「それから御父[オトッ]さんは笑ひながら、『七十年来[ネンライ]世路[セイロ]の辛酸[シンサン]を嘗盡[ナメツク]して一文なしから、二億に餘[アマ]る財産を拵へた、此のおれと、生[ウマ]れるや否[イナヤ]、絹布[ケンプ]に包まり、乳酪[ニュウラク]に飽き、雨にも風にも當[アタ]らず、苦も楽もなしにたヾ深窓[シンソウ]に生長した娘と、何[イズ]れが見識もあり、眼力も強いだらう』と御問[オト]ひになつたから、『申すまでもなく、とても御父[オトッ]さんには及びません』と答[コタエ]たらね」。
「して」。
『それならおれの考[カンガエ]をもつて、最もよい婿を取つてやる』と、仰[オッシ]やつて、急に立[タッ]ておしまひなすつたので、此方[コチラ]は三人とも、譯[ワケ]が分[ワカ]らない、どうなさるかと思[オモッ]て居る中[ウチ]、翌日の新聞を読[ヨン]で實に驚いたよ」。
「まァ呆れましたね、どうも亂暴[ランボウ]ではありませんか。それにあのやうな廣告[コウコク]では何人申込むか知れませんよ。それに取捨の全権は余[ワレ]にありと、ありますが、御父[オトッ]さんが夫を定[サダメ]るのではなく、貴嬢[アナタ]の夫を定るのですから、権利は貴嬢[アナタ]にある筈ですのに」、
「理屈はさうだが、御父[オトッ]さんに背くも面白くないし、また万一妾[ワタシ]の思ふやうな人が申込まないともいへないし、……さうでなければ、多分廣告[コウコク]の末[スエ]の條[ジョウ]に相當[ソウトウ]する人がなくて、つまり御父[オトッ]さんのなさる事は無益[ムダ]になるだらうと、思つて居るよ」。

「広告のすえの条」とは、婿に求める第九条の「決して不愉快の感覚を抱かずして、常に愉快なる生活をなし得る者なることを要す」というやつですね。たしかに、こんな人いるんでしょうかね……

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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