#797 人が現れては次々と消える湖
それでは今日も『底知らずの湖』を読んでいきたいと思います。
話の内容は、昨夜に見た怪しい夢に関することのようでして……場所はどこだかわからないが、池のような沼のような湖があります。周囲の距離もはっきりせず、湖のかたちは鶏の卵のようです。あたりの山々には春夏秋冬が一斉に来ており、空には高い峰々、滝の音は雷のようです。ここに霧が立ちこめる洞窟があります。これはどこへ続く道なのか。梅の花は白く、鶴がおり、丸木橋がかかっている。水の底には砂金が敷かれ、夏の木の実がなり、秋の果物が実っています。ここは、極楽の浄土か、天上の楽園か……。金翼の鳥が神々しく歌い、白色の花が神々しく舞っています。なんという怪現象なのか!雨露にさらされている高札を見ると「文界名所底知らずの池」と書かれています。どこからともなく道服を着た翁が来て、そのあとから仏教の僧侶とキリスト教の信者がやってきて三人で松の根に佇み、湖の風景を見て、空前絶後の名所なりと言います。水は智、山は仁、梅は節、松は操、柳は温厚の徳、橋は質素の徳、紅葉は奢るもの久しからずという心なのか…。三人は崖をおりて湖に足を踏み入れますが、深みにはまり、跡形もなくなってしまいます。その後、新たな人物が現れます。古風な帽子をかぶり、弁慶のように七つ道具を背負い、色々な道具を提げています。今歩いているのは自か他かと哲学者のように正しながら美しい湖の岸辺に近づきます。その後、老樹の後ろから新たな人物がやってきます。頭大きく眼差し鋭く紙子羽織を着て羊羹色の和冠をかぶっています。中国の西湖にスイスの山々、地面には奇草が生えています。
此處[ココ]或は武陵桃源ならんやも知る可[ベカ]らず。心悪[ココロニク]きはあしこの丸木橋の彼方[アナタ]なりといふ。文章[フミアキラ]うなづき己[オノレ]もあの丸木橋の高く又低く半[ナカバ]朽ちてかかれるが抑揚とも見えねばいと怪しうこそ思ひたれ。いでやもろともに隠微[インビ]を探り候[ソウラ]はんとて蹉行跛行[サギョウハギョウ]して先にたつ程に額白頬奇[ガクハクホオキ]の士[シ]もそが後[アト]につきて杖つきならしとかうして橋のほとりにいで覚束なげに文章[フミアキラ]先づ足を進めやがて三足[ミアシ]ばかり渡るよと見る間にあなめでた爰[ココ]に頓挫[トンザ]ありけりと叫びもあえず踏[フミ]はづして立どころに見えずなりぬ。後[アト]なる人あなやと駭[オドロ]き扨[サテ]こそ此[コノ]水には霊[ヌシ]の棲むなれ。仙郷[センキョウ]にあらざるも霊地[レイチ]などなるべし。近づく可[ベカ]らず。おそろしの物の怪やと舌を巻き頭[カシラ]を抱[イダ]き足を空[ソラ]さまにして身を翻[ヒルガ]へすよと見るうちに是も森の茂みに影をかくしぬ。
人が現れては、次々と消えていきますね!
ということで、この続きは…
また明日、近代でお会いしましょう!