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#1396 ああ可愛い鳩、温順な鳩、誠実な鳩、神聖な鳩……

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

最終試験から二日後、しんぷる夫婦がるびなのもとを訪れます。「御存知のとおり、おとといの試験で田亢龍がぶんせいむのお気に召したので別館に置いているのですが、今年もすぐにクリスマスが迫っているので婚姻はなるべく早く12月9日までに準備して、10日には婚礼をさせるつもりだと」。るびなはそれを聞いて驚きます。さらに、ぶんせいむに忠告したことが原因で、ぶんせいむの怒りをかったことで、しんぷる夫婦は香港に今夜中に飛ばされることを報告します。「お嬢様……お体をお大事に……」。親とはいえ好かぬ支那人と夫婦になれとはとても忍べぬ命令。しんぷる夫婦もおらず、ちぇりいも遠ざけられ、恋しき人には逢うことが難しい。るびなは、つと身を起こして、一封の書をしたため下婢に渡しますが「これはお父上に御覧にいれた上でなくてはお使いはできません。旦那様の堅い言いつけですから」。「この金の指輪をあげるからひとつ骨を折っておくれな」。

「どうも。」
「そんな事をいはずに一生懸命になつて是非働らいてなくれな。其[ソノ]かはりあの水晶と紅寶石[コウホウセキ]の腕輪をあげるから。」
「どうも顕[アラ]はれないとよう御座りますが、内々の事は直[スグ]に顕はれますから恐くつて。」
「えゝ意気地のない事をいはずと金時計もあげるから。」
「どうも。」
「『だいやもんど』と『とぱす』で出来て居る……そして電気燈が中にある……そらいつぞやおまへが眼をまはした簪[カンザシ]もやるから。」
「どうも。」
「えゝ仕方がないね。あの大事の鳩もやるよ。いゝよ。そんなら用はない。あのうつくしい鳩までもやるといふのに。」
といへばきまりわるげに立兼[タチカ]ねたる下婢[カヒ]も仕方なく去りし跡にるびなは身を起して軒端[ノキバ]に吊せし鳩の籠[カゴ]にむかひ、
「あゝ可愛[カワイ]鳩、温順な鳩、誠實な鳩、神聖な鳩……おゝ誠實で温順な鳩や、おまへに一つお願[ネガイ]があるよ……多分先[セン]の主人の家はよく覚えて居るだらうから此[コノ]手紙をもつていつてお呉れよ、……誠實で温順なおまへだからきツと頼まれてくれるだらうね、頼み甲斐のない人間の下婢[カヒ]ではなくつて温順誠實な鳥だもの……神聖な鳩だもの。あら可愛らしい點頭[ウナズ]くやうだ。」
と籠の戸を開け、頼む、と云ひつゝ足に手紙を結び付けて今や放たんとなしけるが、折から一聲[ヒトコエ]屋[ヤ]の棟[ムネ]に鴉[カラス]の鳴くを聞[キク]や否[イナ]急に手紙をとり放ち、ずた/\に引裂きける。

というところで、「第十七回」が終了します。

さっそく「第十八回」へと移りたいのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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