見出し画像

#1370 予はすでに答えをなせり

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

試験日の翌日の11月6日に、ぶんせいむは新聞の広告欄内にこんな文章を寄せます。「予の愛女のために求婚の広告をなしたる以来申し込み非常に多く、ついに昨日、資格を有してるか試験をした。少しの時間の空費と、礼節の欠乏に堪えられず不快の念を抱き立ち去った者197人あり。無試験という平和の洋上にありながら狂瀾し、自らの船の脆弱を露出して、到底人生の航海を安全愉快に終えられない者であるため、自ら問題とし自ら落第した人々と見做して謝絶する。また、予が園中を去れと言った時、これに従わずに留まった者は、謙譲の美徳を知らず、不快の念に克つことなく、無礼の風に憤る者であるため謝絶する」と……。十日ほど経って、第二回の試験となり、31人の候補者が集まり、しんぷる夫婦は丁寧に挨拶して、広い堂のうちに並べられたテーブルの前に座らせ、「第二回の試験は、主人が考えるところの問題の答えを求めます。用語は随意、時間は十一時まで、答えを書き終えたら署名して渡してください。さてその問題は……」

といへば、皆々急に顔をあらため、眉をあぐるもあり、唇をしむるもあり、圓[ツブラ]に眼[マナコ]を睜[ミハ]る者、額[ヒタイ]に皺をよする者もあり、あはれ人の心の中[ウチ]見抜く鏡もあらば、此時[コノトキ]のあり様[サマ]は眞[シン]に心理学の尊き材料たるべしと思はれける。
しん「其[ソノ]問題は即ち不愉快といへる題にして、其[ソノ]起因性質及び之を匡濟[キョウセイ]する方法等、何にても随意に十分に答へられんことを望む」
といへば、満堂[マンドウ]水を打[ウッ]たる如く静まりかへりたる其中[ソノウチ]より、活溌に壮快に敏捷に、……金鯉魚[キンリギョ]が淵[フチ]に躍る如く抜[ヌケ]て走り出[イデ]たる者あり。何ぞと人皆驚きて、頭[カシラ]をあげて見る間[マ]遅しと眼を注げば、身には紫綸子[ムラサキリンズ]の袖廣[ヒロ]き服を着[チャク]し、光澤々[タクタク]たる帽子を頂き、黒[コク]油々[ユウユウ]たる辮髪[ベンパツ]長く後[ウシロ]に垂れたる支那人なり。呆れてあッとあいたる口ふさぎもやらず、扨[サテ]は答[コタエ]の出来ぬならんと思ふには似ず舌滑らかにしんぷるに向[ムカ]ひ、予[ヨ]は既に答をなせり、いざ御案内下さるべしといへば、あまりの事に言葉も出[イデ]ず、顔打守[ウチマモ]りて茫然たる横合[ヨコアイ]より、流石に老人は老人だけ、受取りたる紙打[ウチ]かへし見ながら、
僕「しんぷる殿、答はたしかに出来て居ます。」
と穏やかに告[ツグ]るに、驚[オドロキ]は漸々[ヨウヨウ]をさまりけれと、胸には名残の浪打つにや、渚[ナギサ]に喁[イキツ]く小魚[コウオ]の如くうろ/\とこそ導きけれ。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,937件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?