見出し画像

#1410 香港のしんぷるを呼んで偽りを明かしてもらおう!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

試験首尾よきと電報を受けた田亢龍ですが、またもや来た電報を読むやいなや香港へと走ります。吟蜩子はぶんせいむの家で三四日饗応を受けたあと、胸中の計画がおおかた整ったため、汽車そして船に乗り香港に上陸しますが、波止場に待ち構える亢龍。遺恨のまなじり吊し上げ、待てと叫び、襟髪をむずと摑み、「恩を忘れし犬畜生め、家来ども、両手を押さえて引きずっていけ」。往来の人たちまち黒山のごとく群がり、田亢龍・吟蜩子そして従者の唐狛は警吏らに取り押さえられます。翌日、公聴の広間にて聴取が行われます。「昨日の波止場での騒ぎはなにゆえか」。亢龍が答えます。「殴打したのはただ召使いを懲らしめたにすぎない。自分にかわって米国につかわせたが、命令を果たさず逃げ帰り莫大の金銀を失ったため懲らしめた。かれを罰したまえ」。唐狛が答えます。「自分は亢龍の命で吟蜩とともに米国へ行ったが、自分の油断をうかがい遁走して、ついに自分に罪をおわせた。かれを懲らしたまえ」。吟蜩が答えます。「自分は召使いではなく、食客でありながらも抑留されて数か月を送る者。ぶんせいむが自分の娘の婿を天下に求むるにあたり、亢龍は分外の望みを抱き、自分が代わりとなって、ぶんせいむを偽って亢龍の名をもって契約させようと図る。自分は脅迫されてこれに従わざるを得なかった。かつ胸中考えるところあったため米国に赴いた。ぶんせいむの意にあたらず空しく帰ったが、亢龍は自分の非をさとらず、私の誤りを怒った。願わくば情実を察して亢龍を諭してほしい」。

亢「上官欺[アザム]かれ給ふなかれ。亢龍も一箇[イッコ]の男子なり。何ぞ敢[アエ]て姻[イン]を求[モトム]るに人を雇はん。彼免[マヌカ]るゝ所なきまゝに無有[ムウ]の誣言[フゲン]を構へて人を陥[オトシ]いれんとするのみ。」
唐「眞[シン]に亢龍子の云はるゝ如く小生彼と共に米國にあり。全く此等[コレラ]の事に關[アズ]からざるを證[ショウ]す。上官彼に向つて彼の云ふ所に證を求め給はヾ彼れ必らず證する所なからん。」
と口を揃へてまくり立[タツ]れば、
彭「吟蜩汝の云ふ所ろ理あるに似て疑ふべき事多し、先つ其[ソノ]證[シルシ]をなし得[ウ]るや。」
吟「證據と云つても……今直[スグ]には。」
亢「無いであらう。」
彭「唐狛は汝と共に米國に在[ア]りたるに彼は却つて亢龍の爲に證[ショウ]し、而[シカ]して汝は證[ショウ]する所なくんば汝の云ふ所甚だ怪[アヤシ]むべし。」
吟「上官怪み給ふなかれ。上官願はくは小生の爲に米國にゆうよるく府ぶんせいむに電報を發[ハッ]して問[トイ]給はヾ自[オノズ]から明了[メイリョウ]ならん。」
と云ふ折しも今朝市中を巡査に出たる一人の警吏は帰り来[キタ]りて禮[レイ]をなし、知縣[チケン]に向つて云へるやう。
警「朝来[チョウライ]市中の人多き所々[ショショ]に一箇[イッコ]の廣告[コウコク]あり。即ち米國にゆうよるく府ぶんせいむなる者の電報の命[メイ]によりて當港同家[トウコウドウケ]の支店長しんぷるなる者が賞を懸けて亢龍を索[モトム]るの文なり。因[ヨリ]て一枚を剥がし持来[モチキタ]り御覧に入れます。」と差し出[イダ]すを見るより、
吟「願はくは上官其[ソノ]しんぷるを招き給はヾ小生の言[コト]自[オノズカ]ら僞[イツワ]りなきを證[ショウ]せん。」
唐「上官彼を喚[ヨ]び給ふに及ばず。彼の亢龍を索[モト]むるは自[オノズ]から是れ別事[ベツジ]なれば吟蜩と少しも關[カン]することなし。」
といふ間[マ]にニ三人の属官は一人の譯官[ヤクカン]を従へて立去りぬ。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?