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#1392 ついに……るびなの婿が決まる!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

ぶんせいむは、うつむいて椅子に座るるびなに向かって「おまえの幸福の日が近づいてきた」と言います。今日は最終試験の日、最終試験に残ったのは五人。ぶんせいむは、前回の試験「不愉快という題で、その起因・性質及びこれを矯正する方法」に関する執筆問題で、どんな答えがあったのか、るびなに披露して驚かせようとします。「衣食住に足るを得れば不愉快はない」と答えた者は落第、「不愉快とは学問を食い足りぬ人の胃にある所の飢えの傷み」と答えた者も落第、「不愉快とは神の作り給える天地は善美なりという事を信ぜざる腐敗の脳髄に生ずるカビ」と答えた者も落第、しかし「不愉快とは不愉快を打破る勇気のない時の有様ゆえに勇気あれば即ち不愉快なし」と答えた者は及第、さらに「世間に一つも不愉快なし、ただるびな令嬢の歓心を得ざる時は大不愉快なれども、そのときは自殺すべければ不愉快もなし」と答えた者も及第だと言います。さらに、四十枚もの詩を書いた人もいるようで、るびなはぶんせいむに内容をお話くださいませんかと言います。太平の世に夫婦となったが、夷狄が攻めてきたので、夫は戦争に出るが戦死し、妻は悲しんで盲目となり、高山の雪中で凍死するという内容で、それを聞いたるびなは「もうやめて下さい。悲しくって胸が痛くなります」と言います。この人にもぶんせいむは及第を与えます。さらに「知らない」と答えた人もいるようで、ぶんせいむはこの人も及第とします。そしてちょうど試験の時刻となりますが、四十枚の長編を書いた詩人がやってきません。しかし、それでも試験を始めることになります。ぶんせいむはしんぷるに四人を別々の部屋に入れておくように命じます。すると、詩人から手紙が届きます。どうやら辞退に関する手紙のようです。どれ試験をしてやろう、とぶんせいむはそれぞれの部屋へと行きますが、わずかの間にふたりは終わって帰ります。三番目の哲学者の部屋に入って、ぶんせいむは言います。「試験はすでに結果せり。お帰りなされ」。「何とおっしゃる」。「るびなはすでにある男の妻たるべき旨の契約をしたから先生を試験する必要はないのだ」。「なんと」。「あなたは只今落第だ。その怒った有様を鏡でごらんなさい」。「失敬極まる。そんなら帰る」。これが最終試験の内容です。そして、最後にいよいよ田亢龍に扮した吟蜩子のもとをぶんせいむは訪れます。別の人に決まったから帰れと言われた吟蜩子は、「落第もしなければ及第もしない、これなら田亢龍も文句のつけどころがない。素敵にうまい結果になった」と嬉しげに笑います。このままでは吟蜩子に決まってしまう、落第させるよりほかに、妻やるびなにむかって失敗の贖罪をするところはないと「鼠を食う人種は及第するはずがない。帰りに豚の尾を買って鞭の先にしたらどうだ」と言って怒らせようとしますが、中国人の田亢龍を装った日本人の吟蜩子には全く通じません。怒らすか恨ますか落第させねば、しかし口先では埒明かずと、しんぷるは拳をふりあげて三つ四つ五つと打ち叩きます。「痛い痛い」「不愉快か」「不愉快だ」

しん「とう/\閉口したらう。ぶんせいむ家の良宰相[リョウサイショウ]しんぷる様とは予[ヨ]が事だぞ。」
吟「だいおぜにすぜしにッく(古代の奇人)だぞと威張りたい所だが。」
ぶん「どうした。」
吟「天窓[アタマ]がいたい。」
ぶん「あッはッは可愛さうに……帰れ/\。」

「だいおぜにす」は古代ギリシャの哲学者のディオゲネス(前404頃-前323頃)のことです。世俗の権威を否定し、自然で簡易な生活の実践に努め、衣服をつけず、靴もはかず、野犬のように街頭に寝泊りし、巨大な甕を住処としました。彼らのような芸術や学問をはじめあらゆる特定の目的を放棄することに徳を見出した学派を「犬のような生活(キュニコス・ビオス)」という意味から「キュニコス[Cynics]派」と呼ばれています。Cynicsは皮肉屋という意味もあります。

軽蔑の語気にて憎気[ニクゲ]に云はるゝも我身[ワガミ]の錆[サビ]と獨[ヒトリ]をかしく握手もそこ/\庭に出[イデ]て、「唐狛[トウハク]々々」と呼べば應[オウ]と答へて馬車を近付くるに乗らんとする時[トキ]後[ウシロ]より、
ぶん「紳士々々、賤奴[センド]は亂拳[ランケン]を紳士の頭[カシラ]に加へたるにあらずや。」
吟「然り、猫兒[ビョウジ]は泥足にて女王の膝に上[ノボ]る。」
ぶん「あッはッは、うまい/\、君は面白い男だ。帰らずともよいから此方[コッチ]へ来給へ。」
しん「御主人彼[アレ]は落第したのではありませんか、不愉快と自白したではありませんか。」
ぶん「だまれ。」
しん「然し。」
ぶん「だまれ……廣告[コウコク]を忘れたか諾否[ダクヒ]の權[ケン]はおれに在[ア]る、……さァ亢龍子[コウリョウシ]此方[コチラ]へ来給へ、君は旅館に居るのだらうが今日から此方[コチラ]へ引移[ヒキウツ]り給へ。遠慮はいらぬ事だ。しんぷる、貴様は庭の西の方の別院へ紳士を案内しろ。気のきいた僕[ボク]を二人計[バカ]り紳士の従者[ズサ]に添へて引移りの手傳[テツダイ]をさせろ。それからぼにいは怜悧の小僮[ショウドウ]だから今日から彼は紳士の小間使[コマヅカイ]になるやう云ひ渡せ。今夜は御一處[ゴイッショ]に夜食をしませう、娘も御相伴[オショウバン]させませう。そしてしんぷる、貴様は三日間紳士の靴の塵を拂[ハラ]へ。是は紳士の頭[カシラ]をうつた罰[バチ]だ。」

というところで、「第十六回」が終了します!

さっそく「第十七回」へと移りたいのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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