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#1493 気の長い男め!迂闊にも程がある!

それでは今日も幸田露伴の『五重塔』を読んでいきたいと思います。

「黙っていよ」とやり込められたお吉は、なにか言い出したげだが、口答えの甲斐がないことは経験でわかっているため、分別早く、「気にかかる仕事の話ゆえ思わず様子を聞きたくて……」と、夫の分別に従う上辺を装います。源太も顔をやわらげ、「何事もめぐりあわせじゃ、こう思っていれば半分やるのもかえって良い心持。世間は気持ちしだいで忌々しくも面白くなるものゆえ、出来るだけケチな根性を着けず、世の中を綺麗に渡りさえすればそれでいい」。その後、十兵衛を待ちますが、日差しが一尺、二尺と移っても現れません。

是非先方[ムコウ]より頭[カシラ]を低[ヒクク]し身を縮[スボ]めて此方[コチ]へ相談に来り、何卒半分なりと仕事を割与[ワケ]て下されと、今日の上人様の御慈愛[オナサケ]深き御言葉を頼りに泣きついても頼みをかけべきに、何として如是[コウ]は遅きや、思ひ断[アキラ]めて望[ノゾミ]を捨て、既早[モハヤ]相談にも及ばずとて独り我家[ワガヤ]に燻[クスボ]り居るか、それともまた此方[コチ]より行くを待つて居る歟[カ]、若[モ]しも此方[コチ]の行くを待つて居るといふことならば余り増長した了見なれど、まさかに其様な高慢気[コウマンゲ]も出[イダ]すまじ、例ののつそりで悠長に構へて居るだけの事ならむが、扨[サテ]も気の長い男め迂濶にも程のあれと、煙草ばかり徒[イタズ]らに喫[フ]かし居て、待つには短き日も随分長かりしに、それさへ暮れて群烏[ムラガラス]塒[ネグラ]に帰る頃となれば、流石に心おもしろからず漸く癇癪の起り/\て耐[コラ]へきれずなりし潮先[シオサキ]、据[スエ]られし晩食[ユウメシ]の膳に対[ムカ]ふと其儘[ソノママ]云ひ訳ばかりに箸をつけて茶さへ緩[ユル]りとは飲まず、お吉、十兵衞めがところに一寸[チョット]行て来る、行違ひになつて不在[ルス]へ来[コ]ば待たして置け、と云ふ言葉さへとげ/\しく怒りを含んで立出[タチイデ]かゝれば、気にはかゝれど何とせん方[カタ]もなく、女房は送つて出したる後にて、たゞ溜息をするのみなり。

というところで、「その十二」が終了します。

さっそく「その十三」を読んでいきたいと思うのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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