見出し画像

#1455 第十回は、宿屋のおやじが珠運に対して、そろそろ旅に戻れと説得するところから……

それでは今日も幸田露伴の『風流佛』を読んでいきたいと思います。

今日から最終回の「第十回」に入ります。それでは早速読んでいきましょう!

第十 如是本末究竟等[ニョゼホンマツクキョウトウ]

上 迷迷迷[メイメイメイ]、迷[マヨイ]は唯識所変[ユイシキショヘン]ゆえ凡[ボン]

下碑[ゲジョ]が是非御来臨[オイデ]なされというに盗まれべき者なき破屋[アバラヤ]の気楽さ、其儘[ソノママ]亀屋へ行けば吉兵衛待兼顔[マチカネガオ]に挨拶して奥の一間へ導き、扨[サテ]珠運様、あなたの逗留も既に長い事、あれ程有[アリ]し雪も大抵は消[キエ]て仕舞[シマイ]ました、此頃[コノゴロ]の天気の快[ヨ]さ、旅路もさのみ苦しゅうはなし、其道[ソノミチ]勉強の為に諸国行脚なさるゝ身で、今の時候にくすぶりて計[バカ]り居らるるは損という者、それもこれも承知せぬでは無[ナカ]ろうが若い人の癖とてあのお辰に心を奪[ウバワ]れ、然[シカ]も取残された恨[ウラミ]はなく、その木像まで刻むと云[イウ]は恋に親切で世間に疎い唐土[モロコシ]の天子様が反魂香[ハンゴンコウ]焼[タカ]れた様な白痴[タワケ]と悪口を叩くはおまえの為を思うから。

前漢の武帝(前156-前87)が李夫人を亡くした後に道士に霊薬を整えさせ、玉の釜で煎じて練り、金の炉で焚き上げたところ、煙の中に夫人の姿が見えたといいます。このときに作られた、焚くと煙の中に死者の姿が現れる香のことを「反魂香」といいます。

実はお辰めに逢わぬ昔と諦[アキ]らめて奈良へ修業に行って、天晴[アッパレ]名人となられ、仮初[カリソメ]ながら知合[シリアイ]となった爺[ジイ]の耳へもあなたの良い評判を聞せて貰い度[タ]い、然し何もあなたを追立[オイタテ]る訳ではないが、昨日もチラリト窓から覗けば像も見事に出来た様子、此上[コノウエ]長く此地[コノチ]に居[イラ]れても詰りあなたの徳にもならずと、お辰憎くなるに付[ツケ]てお前可愛[カワユ]く、真から底から正直におまえ、ドッコイあなたの行末にも良様[ヨイヨウ]昨夕[ユウベ]聢[シカ]と考えて見たが、何[ドウ]でも詰らぬ恋を商買[ショウバイ]道具の一刀に斬[キッ]て捨て、横道入らずに奈良へでも西洋へでも行かれた方が良い、婚礼なぞ勧めたは爺が一生の誤り、外に悪い事仕た覚[オボエ]はないが、是が罪になって地獄の鉄札[テッサツ]にでも書[カカ]れはせぬかと、今朝も仏様に朝茶[アサチャ]上[アゲ]る時懺悔しましたから、爺が勧めて爺が廃[ヨ]せというは黐竿[モチザオ]握らせて殺生を禁ずる様[ヨウ]な者で真に云憎[イイニク]き意見なれど、此[ココ]を我慢して謝罪[ワビ]がてら正直にお辰めを思い切れと云う事、今度こそはまちがった理屈ではないが、人間は活物[イキモノ]杓子定規の理屈で平押[ヒラオシ]には行[イカ]ず、人情とか何とか中々むずかしい者があって、遠くも無い寺参[テラマイリ]して御先祖様の墓に樒[シキミ]一束[ヒトタバ]手向[タムク]る易[ヤス]さより孫娘に友禅を買って着[キセ]る苦しい方が却って仕易[シヤス]いから不思議だ。

「黐竿」とは、小鳥や昆虫を捕らえるために、先端にとりもちをつけた竹竿のことです。つまり「黐竿握らせて殺生を禁ずる」とは、「矛盾している」という意味です。

損徳を算盤[ソロバン]ではじき出したら、珠運が一身二一添作[イッシンニイチテンサク]の五も六もなく出立[シュッタツ]が徳と極[キマ]るであろうが、人情の秤目[ハカリメ]に懸[カケ]ては、魂の分銅[フンドウ]次第、三五[サンゴ]が十八にもなりて揚屋酒[アゲヤザケ]一猪口[ヒトチョク]が弗箱[ドルバコ]より重く、色には目なし無二無三[ムニムザン]、身代[シンダイ]の釣合[ツリアイ]滅茶苦茶にする男も世に多いわ、おまえの、イヤ、あなたの迷[マヨイ]も矢張[ヤハリ]人情、そこであなたの合点の行様[ユクヨウ]、年の功という眼鏡をかけてよく/\曲者[クセモノ]の恋の正体を見届た所を話しまして、お辰めを思い切らせましょう。

「算盤ではじき出したら、珠運が一身二一添作の五も六もなく」の部分ですが、算盤と珠運をかけて、珠算をあらわし、一身と一進をかけています。二一添作の五とは、そろばんでの割り算のことで、10を2で割る時、10の位の1をあらわす珠をはらい、1の位の5をあらわす上の珠ひとつをおろすことをいいます。そこに「文句なく」という意味の「五も六もなく」をかけているわけです。

揚屋酒は、遊女屋で飲む酒のことで、三五は十五ですが十八と計算するくらい、目算が狂って身を持ち崩すという意味です。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?