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#1401 おれは人間だ!道理の分かる人間だ!理非を見分ける智慧のある人間だ!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

二階で物音がするのでちぇりいが二階へ行くと、足に手紙がつけた鳩が帰ってきています。手紙の宛名は「すみとる、じぇい、こばると」。手紙を読んで見ると、「この封を切りし者は、ふたたび封をなして同じ名宛に放つことを願う」と書いてあります。「わかった。こばるとがわかった。鉱物さ。それを溶かした水で書くと見えないが、熱にあてると青く出るのだ」。手紙をストーブにかざすと、ありありと文字が浮かんできます。「頼もしいじやくそん夫婦よ、婚礼は明後日と定められたが、父上の圧政を逃れて自身の望みを貫く手段を取ろうと思う。これ、あの人を深く信ずればなり。あの人が家から逃げる私の処置を是認せしならば鳩の左の足を細い糸で縛ってください。今夜十二時、ひそかに出ようと思うため、何卒、花園の西の隅のエンジュの木のほとりでお助け下さい。もし私の処置をよろしからずと思えば、鳩の右の足を縛ってください」。これを読んでちぇりいが言います。「お嬢様がおとなしい者だからこんな事になってしまったのですよ。ぶんせいむ様だって物好きにもほどがある。しんじあ様も意気地のない。あなたもあなただ。ぶんせいむ様に呑まれてしまって、少しも男らしい親切をしたことがないからこんな事になったのです。男いっぴきのくせに!」。「しんじあ様は、ぼすとんへ説教に行き、昨日から留守だから弱っているのだ」。そんな時、五時の鐘がぼんぼんぼん……。「戸を叩いているようですよ」。「鳩を取りに来たのだろう。こちらに通せ」。「大丈夫ですかね」。戸を開くと下婢が会釈して「お嬢様の鳩が一羽逃げ去りましたが、こちらへ参りましたら受け取ってこいとのご命令ですから、どうかお渡しを願います」。「ご無沙汰見舞いの手紙を一本添えてあげますからお嬢様にあげなすって下さいまし」。「手紙はぶんせいむ様のお目にかけた上でなければお届け申すことはできません」。「それなら鳩の送り状をあげますから、あなたの面前で書きますから」。「それは承知いたしました」。じやくそんが「不幸にも不在のところへ到着しましたので捕らえておきました。兎も角も逃げぬようになされまし」と送り状に書き、下婢を見送ると、ちぇりいは満面の笑みを含み「それでこそよし!頼もしいお方、智慧のあるお方、わたしの大事の殿御です」と言います。

「それはよいが、しんじあ様は明日の夕方でなくてはお帰りにならないのだから、實[ジツ]に弱るて、明後日[アサッテ]は婚禮[コンレイ]だといふし、始末の付けやうがない。」
「いま/\しい支那人があるものですね。」
「支那人もいま/\しいがぶんせいむも分らない爺[オヤジ]だ。今日の新聞なぞにも大そう嘲弄してあつたではないか。」
「あの亢龍といふ奴をぜねらす村の別邸に移らせてから毎日々々色々の悪口批評[アッコウヒヒョウ]がうるさい程ありますが、どうして御主人も此様[コンナ]に老耄[オイボレ]なすつたかと思へばくやしう御坐りますよ……それにまた婚禮[コンレイ]が明後日[アサッテ]なぞと知れたらお嬢様までが世間に馬鹿だとか気違[キチガイ]だとか云はれるでせうと思へばしみ/″\口惜[クヤシ]うござりますよ。」
「此[コノ]あめりかに住んで居ながらぶんせいむ程人の自由を尊[トウト]ばない妖物[バケモノ]は有[アリ]やしない。どうしてくれやう。けちな薬種屋[クスリヤ]はして居るが、おれだつて人間だから自由の尊い者だといふ位は知つて居るのに、ぶんせいむといふ奴はよく/\の妖物[バケモノ]だ。おれは人間だ。道理の分る人間だ。理否[リヒ]を見分ける智慧のある人間だ。そして手前の大事の殿御[トノゴ]だからあんな妖物[バケモノ]に負ける者か。むゝよし/\、明日[アス]は薬種屋[クスリヤ]ではない、警醒會員[ケイセイカイイン]の資格でぶんせいむを諭して閉口させて支那人を追出[オイダ]させてしんじあ様を婿にする様[ヨウ]に一議論[ヒトギロン]を仕掛けてやらう。」
「そんなにやすくごらんなすつてもぶんせいむ様だつて一[ヒ]と通りの人ではありませんよ。あの白髯[シラガ]を捻[ヒネ]つて金剛石[ダイヤモンド]のやうな眼で睨み付けられると中々おそろしう御座んすよ。」
「馬鹿を云へ白い髯[ヒゲ]は羊でも持[モッ]て居る。金剛石[ダイヤモンド]がこはければ玉屋[タマヤ]の小僧は眼をまはすは……何でも明日は一生懸命でやらう。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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