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#1347 亢龍の七つの不利

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

第十回は、亢龍と唐狛が話しているところから始まります。唐「旦那さまは何を考えていらっしゃいます」。亢「貴様のような奴にも俺は俗物と違ってみえるか」。唐「ある老人が恬淡無欲の當世の太上老君、大聖人、大神仙だと評を致しました」。亢「してみれば天下皆めくらでもないが、それにしてもあの卜翁の言い草」。唐「無名翁が何か申しましたか」。亢「米国第一の美人に家事をやらせ、二億の財産を得て、天下の俗物にその高きを仰がせる……はは妙だな」。

唐「へい/\、妙で御座ります、……あの滬報[コホウ]に出て居りました、求婚の事で御座りませう。」

「滬」は上海の別称で、「滬報」とは1882年5月に上海で創刊された新聞です。

亢「や此奴[コヤツ]は怜悧虫[レイリチュウ]だ、……随分よからう。」
唐「えへゝゝ、然し」……
亢「何だ、此奴[コヤツ]無禮[ブレイ]な奴だ、何が然しだ。」
唐「へい/\、然し」……
亢「又いふか。」
唐「然し私[ワタクシ]は諂諛[テンユ]をする小人[ショウジン]でもありませんし、貴君[アナタ]も阿諛[アユ]を喜ぶやうな御方でも御座りますまいし、諾々[ダクダク]は侃々[カンカン]に如かずと申しますから、一生の勇気をふるつて申上げますが、どうか小人一片[ショウジンイッペン]の丹心[タンシン]と御覧下さいまし。」

諂諛も阿諛も、こびへつらうという意味です。

亢「云へ。」
唐「先づ貴君[アナタ]が自ら御出[オイデ]になりますのに七つの不利がござります。高尚の御見識が御胸[オムネ]にみち溢れても之れを吐く英語に御不熟[ゴフジュク]の事が一つ。」
亢「なに。」
唐「御見識が高尚にすぎて夷狄に膝を屈して相和[アイワ]する事の御出来なさらぬが一つ。夷狄の凡眼[ボンガン]で貴君[アナタ]を識別する事の出来ぬが一つ。」
亢「むゝ。」
唐「事[コト]若し畵餅[ガベイ]に属せば御清高[ゴセイコウ]の名誉を汚すことが一つ。御嘆息の懊恨[オウコン]を生ずることが一つ。多額の費用と少なからざる御心労を空耗[クウモウ]し給ふ事が一つ。合[アワ]せて」
亢「だまれ。」
唐「まゝ、まあ、御まち下さい。實に私[ワタクシ]の申し上げるのは、貴君[アナタ]の御爲を思ふので。へい/\、決して御諫[オイサメ]申すのではありませんが、此の七つの不利」……
亢「だまれ/\。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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