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#1400 頼もしいお方だ!智慧のあるお方だ!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

二階で物音がするのでちぇりいが二階へ行くと、足に手紙がつけた鳩が帰ってきています。手紙の宛名は「すみとる、じぇい、こばると」。手紙を読んで見ると、「この封を切りし者は、ふたたび封をなして同じ名宛に放つことを願う」と書いてあります。「わかった。こばるとがわかった。鉱物さ。それを溶かした水で書くと見えないが、熱にあてると青く出るのだ」。手紙をストーブにかざすと、ありありと文字が浮かんできます。「頼もしいじやくそん夫婦よ、婚礼は明後日と定められたが、父上の圧政を逃れて自身の望みを貫く手段を取ろうと思う。これ、あの人を深く信ずればなり。あの人が家から逃げる私の処置を是認せしならば鳩の左の足を細い糸で縛ってください。今夜十二時、ひそかに出ようと思うため、何卒、花園の西の隅のエンジュの木のほとりでお助け下さい。もし私の処置をよろしからずと思えば、鳩の右の足を縛ってください」。これを読んでちぇりいが言います。「お嬢様がおとなしい者だからこんな事になってしまったのですよ。ぶんせいむ様だって物好きにもほどがある。しんじあ様も意気地のない。あなたもあなただ。ぶんせいむ様に呑まれてしまって、少しも男らしい親切をしたことがないからこんな事になったのです。男いっぴきのくせに!」。「しんじあ様は、ぼすとんへ説教に行き、昨日から留守だから弱っているのだ」。そんな時、五時の鐘がぼんぼんぼん……。「戸を叩いているようですよ」。「鳩を取りに来たのだろう。こちらに通せ」。「大丈夫ですかね」。

と念をおしながら立出[タチイ]で戸を開らき伴ひ入[イ]れば下婢[ゲジョ]は念比[ネンゴロ]に會釋[エシャク]して、
婢「今日お嬢様の御秘蔵の珠數掛鳩[ジュズカケバト]が一羽逃去[ニゲサ]りましたが多分此方[コッチ]へ参りましたらうから受取[ウケトッ]て来いと御嬢様の御命令で御座りますから急に馬車で取[トリ]にまゐりましたのです、もし鳩が此方[コチラ]にをりますならばどうかお渡しを願ひます。」
じや「鳩は此方[コチラ]に居[オ]りますから唯今[タダイマ]あげます。」
ちえ「お嬢様はお變[カワ]りもありませんか。」
婢「何となくおすぐれなさいませんが、別に御病気でもありません。」
じや「御無沙汰見舞の手紙を一本鳩に添へて上げますからどうかお嬢様におあげなすつて下さいまし。」
婢「折角の御頼みですが手紙はぶんせいむ様のお眼にかけた上でなければお届け申すことは出来ません。」
ちえ「そんな意地の悪るい事を云はないでお願ひですから。」
婢「どうもいけません。」
ちえ「あなた何がよし/\ッですよ。甘い智慧ではいけませんよ。」
じや「だまれ……どうしてもお届け下さりませんか。」
婢「はい。」
じや「そんなら鳩の送り状をあげますから、勿論あなたの御面前でかきますから。」
婢「それは承知致しました。」
と漸くうけあへばじやくそん筆をとり紙を展[ノ]ぶる。ちえりいは首さしのべて見るに「鳩は不幸にも不在の處[トコロ]へ到着しましたのを家僕[カボク]が捕[トラ]へておきました故[ユエ]其儘[ソノママ]お帰へし申します。兎も角も逃げぬやうになされまし。るびな様へじやくそん」と書終[カキオワ]りて鳩と共に渡せば下婢[カヒ]は受取り、一禮[イチレイ]なして急ぎ行[ユク]を見送くりてちえりいは満面に笑[エミ]を含み。
ちえ「流石にあなたは男一匹……それでこそよし/\ッです。頼もしい御方だ。智慧のある御方だ。さうして妾[ワタシ]の大事の殿御[トノゴ]です。」
「何だ馬一匹にも及ばないと云ッた癖に。」
「おほゝゆるして頂戴よ。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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