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#1372 天命、天命なりとたしかに信ず

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

試験日の翌日の11月6日に、ぶんせいむは新聞の広告欄内にこんな文章を寄せます。「予の愛女のために求婚の広告をなしたる以来申し込み非常に多く、ついに昨日、資格を有してるか試験をした。少しの時間の空費と、礼節の欠乏に堪えられず不快の念を抱き立ち去った者197人あり。無試験という平和の洋上にありながら狂瀾し、自らの船の脆弱を露出して、到底人生の航海を安全愉快に終えられない者であるため、自ら問題とし自ら落第した人々と見做して謝絶する。また、予が園中を去れと言った時、これに従わずに留まった者は、謙譲の美徳を知らず、不快の念に克つことなく、無礼の風に憤る者であるため謝絶する」と……。十日ほど経って、第二回の試験となり、31人の候補者が集まり、しんぷる夫婦は丁寧に挨拶して、広い堂のうちに並べられたテーブルの前に座らせ、「第二回の試験は、主人が考えるところの問題の答えを求めます。用語は随意、時間は十一時まで、答えを書き終えたら署名して渡してください。さてその問題は……不愉快という題で、その起因・性質及びこれを矯正する方法を答えることを望む」。堂内は水を打ったように静まりかえるが、そのうちより、活発に壮快に敏捷に、躍るように走り出る者がいます。その男、しんぷるに向かい「予は既に答えをなせり。いざご案内下さるべし」と言います。紙を見ると、答えはたしかに出来ています。ぶんせいむもあまりの早さに驚き、「支那の紳士の田亢龍という者はお前か。数千里の海山越えて米国へ……面皮の厚さといい、感心の胆勇だ」。

と小聲[コゴエ]でもなき獨[ヒト]り言して、急に首[コウベ]を正面に向け下眼[シタメ]にてにらむごとくさげすむごとき、憎げなる光線を眼より閃めかし、調[チョウ]の低き太き聲にて、
「そして廣告[コウコク]の末條[マツジョウ]には、適當[テキトウ]して居ると自信して居るのか、……自惚[ウヌボレ]強くも。」
と頭上に堕ちかゝりたる一撃の雷[ライ]には、非常の芭蕉も耳ある道理、亢龍いかで淵底[エンテイ]にかくれん。
「然り/\、……然り。日月[ジツゲツ]のてらす所、天地の包むところ、ぶんせいむの撰んで取るべき人はわれならずして誰あらん、田亢龍は確かに信ずこれ天命なり、天命々々なりとたしかに信ず。」
と疾風暴雨を尾端[ビタン]にまき、電光雷火を角上[カクジョウ]に弄んで渦巻[ウズマキ]立ちたる黒雲[クロクモ]の中に、七十二鱗[リン]の黄金を閃めかし、おぼろに煙る小霧[コギリ]の間[ヒマ]に、十有二爪[ジュウユウニソウ]の水晶をかけ、泰山を蹴つて北斗を握[ツカ]まんとする、黒龍王[コクリョウオウ]の叫ぶもかくやと思ふ計[バカ]りの勢[イキオイ]にて、反身[ソリミ]になつて云ひ放てど、流石[サスガ]俳優にもあらざれば、くすりと洩[モラ]せし一笑は、吟蜩子の本音とも、白髯[シロヒゲ]のぶんせいむは愈々[イヨイヨ]あきれて言葉なく、嵐のあとの夕凪[ユウナギ]に平沙[ヘイサ]一望人跡なく、長海[チョウカイ]千里鳥聲[チョウセイ]を絶つとぞ云ふべかりける有様にて、顔のみ見詰めて茫然たり。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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