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#1348 亢龍の食客、吟蜩子という日本人

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

第十回は、亢龍と唐狛が話しているところから始まります。唐「旦那さまは何を考えていらっしゃいます」。亢「貴様のような奴にも俺は俗物と違ってみえるか」。唐「ある老人が恬淡無欲の當世の太上老君、大聖人、大神仙だと評を致しました」。亢「してみれば天下皆めくらでもないが、それにしてもあの卜翁の言い草」。唐「無名翁が何か申しましたか」。亢「米国第一の美人に家事をやらせ、二億の財産を得て、天下の俗物にその高きを仰がせる……はは妙だな」。唐「新聞に出ていた求婚のことでござりましょう」。ここで唐狛は、亢龍が求婚するにあたって、ほかの男より不利な点を七つ挙げます。それを聞いて亢龍「だまれ、だまれ!」

唐「然し、不利では御座りませんか。」
亢「むゝ、なに不利でも構はん、やつて見る計[バカ]りだ。良い智慧もない癖にだまつて居ろ。」
唐「ところが爰[ココ]に一つの妙智慧[ミョウチエ]があるので、其[ソノ]不利を盡[コトゴト]く除く妙智慧があるのに、忠誠の私[ワタクシ]がどうして黙つて帰れますものか、御情[オナサケ]ない事を被仰[オッシャリ]ます。」
亢「智慧があるなら早く云へ。」
といふを待つて座を立ち、小鬢[コビン]に鼻をつかへさせながら何か咡[ササヤ]けば、満面に笑ひを含み、
亢「然[サ]らば彼奴[キャツ]を。」
唐「御使ひなされ。」
亢「四の五のいはヾ。」
唐「恩と威権[イケン]の板ばさみ。」
亢「妙々、汝は怜悧虫[レイリチュウ]、當座[トウザ]の褒美」
と紙包[カミヅツミ]渡すを受けて、唐狛は豚尾[トンビ]ふり/\出[イデ]て行く。跡に亢龍唯[タダ]ひとり、欲遡銀河訪織女、須僦風流閑篙人と。吟じて、哈然[コウゼン]とする高笑[タカワライ]の響くも底気味悪き此[コノ]家に、食客となり居る日本人に吟蜩子[ギンチョウシ]といふ者あり。帚[ホウキ]の眉糸[マユイト]の眼にて、容貌眞[シン]に可笑[オカシ]けれど、聲静[シズカ]にして話に巧みに、睛[ヒトミ]はしまりて光り濁[ニゴ]らず、風采或は取るべきあり。其[ソノ]行[オコナイ]を察すれば、飄々として雲水の如く、富貴も名誉も好まざるにはあらざれど、敢て求めず、酒を喜び白湯[サユ]に甘んじ、錦[ニシキ]もきれど葛[クズ]もいとはず、花を愛すれとも首の骨の痛きまでも眺めず月をめづれど我身[ワガミ]の老[オイ]を喞[カコ]つにもあらず、唯[タダ]何となく世を送り来りし偏人[ヘンジン]、自[ミズ]から、風流の細水[ホソミ]になくや痩蛙[ヤセカワズ]、と吟じ捨てたる四大假合[シダイカゴウ]のうき身を扮[ヤツ]して、いでや庾嶺[ユレイ]の月梅[ゲツバイ]、洞庭[ドウテイ]の風水に遊ばんと、或日[アルヒ]の興に乗じて故郷を出[イデ]しが、猜忌[セイキ]の強き支那人[シナジン]の中[ウチ]に、日本風も便り悪[アシ]しと、髪も組み衣もかへて、其處此處[ソコココ]となく経歴せしが、去年の暮、ある所の関帝廟に一夜[ヒトヨ]の露霜[ツユシモ]を凌ぎしに、運わろく其[ソノ]暁の失火にて焼けゝり。

庾嶺とは、江西省と広東省の境にある山で、唐の詩人・張九齢(673-740)が梅を植えて「梅嶺」と呼んだことから名所となりました。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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