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#1395 死するも愚かなり、尼にならんも流石なり

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

最終試験から二日後、しんぷる夫婦がるびなのもとを訪れます。「御存知のとおり、おとといの試験で田亢龍がぶんせいむのお気に召したので別館に置いているのですが、今年もすぐにクリスマスが迫っているので婚姻はなるべく早く12月9日までに準備して、10日には婚礼をさせるつもりだと」。るびなはそれを聞いて驚きます。さらに、ぶんせいむに忠告したことが原因で、ぶんせいむの怒りをかったことで、しんぷる夫婦は香港に今夜中に飛ばされることを報告します。

妻「あのお嬢様、お身躰[カラダ]をお大事に……御運動[ゴウンドウ]をよくなさつて……あまり多く悲劇の類をお読みなさいますな。」
といふもくもり聲[ゴエ]。左様ならばと手を分[ワカ]ち黙禮[モクレイ]なして立出[タチイズ]る夫婦は幾回[イクカイ]見返りて行くを見送るるびなの心細さ、其[ソノ]まゝ臥床[フシド]にかけ入[イ]りて岸破[カッパ]と計[バカ]り倒[タウ]れたり。馬蹄[バテイ]今去つて誰[タ]が家にいらん(張籍)水[ミズ]遠[トオク]山[ヤマ]長[ナガク]人を愁殺[シュウサツ]す(李遠)

作者2900余人、作品数48900余首、唐代の詩すべてが網羅された1703年成立の『全唐詩』の巻386には張籍(766?-830?)の『逢賈島』という作品が掲載されています。

逢賈島
僧房逢著款冬花、出寺行吟日已斜
十二街中春雪遍、馬蹄今去入誰家

賈島[カトウ]に逢う
僧房に逢着す款冬花
寺を出て吟行すれば日は已に斜めなり
十二街中春雪遍[アマネ]し
馬蹄今去りて誰が家にか入らん

また、巻519には李遠の『黄陵廟』という作品が掲載されています。

軽舟短棹唱歌去、水遠山長愁殺人

軽き舟、短き棹、唱歌して去る
水遠く、山長く、人を愁殺す

では、つづきを読んでいきましょう。

法廷に人情なければ我が思ひ通りにならぬこともなけれど、女子[オナゴ]の裁判沙汰、殊さら父を相手にするもあさまし。さればとて親とはいへ我が好[ス]かぬ支那人と夫婦になれとはとても忍べぬ命令なり。一通りならぬ果断剛気[カダンゴウキ]、諫めても用ゐらるべきにあらず、なげきても取り上げまじ。死するも愚[オロカ]なり。尼[アマ]にならんも流石なり。しんぷる夫婦も居らず、ちゑりいも遠ざけられたり。戀[コイ]しき人には逢ふ事難[カタ]し。えゝ儘[ママ]ならぬ世の中に親のあしき事をあらはさば、よしや戀路[コイジ]はとぐるとも子として何の楽[タノ]しかるべき、田亢龍に身を委ねばたとひ孝には欠けずとも妻としていかで嬉しからんと刹那時間[セツナジカン]に想生想死千萬無量[ソウショウソウシセンマンムリョウ]に迷ひけれど、るびなも鬼子[オニゴ]にあらざれば其[ソノ]親に似て忽ちに考へ得たる事やありけん、つと身を起[オコ]して一封[イップウ]の書を認[シタタ]め呼鐘[ヨビガネ]せはしく引鳴[ヒキナ]らせば、とつかは入[イ]り来る下婢[カヒ]に渡して、
「返事を直[スグ]に戴いて来るのだよ」と急[セ]き込[コン]で言付[イイツ]くるを悠々として落付顔[オチツキガオ]に表面を見ながら、
「是は一旦御父上に御覧に入れた上でなくては此[コノ]御使ひは出来ません。」
「なにえ。」
「旦那様の堅い御言付[オイイツケ]ですから。」
「使[ツカイ]に行かないといふのかえ。」
「はい。」
「御まへの働きで内々にして届けておくれな。」
「どうも。」
「此の金の指環[ユビワ]をあげるから一つ骨折[オッ]ておくれな。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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