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シュレーディンガーのチーズ

諸君、おはよう。

ようこそ、Professor T.O'kayerの講義室へ。

あ、大丈夫ですよ、みなさん。安心してください、トケイヤKitchenです。

なんだかおかしな出だしではじまりましたが、今回はある実験をしてみようと思っているのです。そこで、ちょっと講義的に記事を綴ろうと考えていたんですね。

すると…。なんか降りてきちゃったみたいなんですよ。もしくは出てきちゃったか。上から降りてきたのか、中から出てきたのかはともかく、このキャラ、講義のためのキャラクターみたいなんですよね。

というわけで、今回の記事はプロフェッサー・トケイヤー氏に任せて、いつものトケイヤkitchenは助手として、教授のフォローに回ることにします。

こんな感じで。

では教授、あとお願いします。

うむ。

今回私が実験するテーマ。さて、それは一体どんなものか。

諸君はシュレーディンガーの猫を知っているだろうか。知っている、もしくは聞いたことがあるというものは挙手したまえ。

どれどれ。ふむ、知っているのは3分の1ほどか。まあよかろう。

それはオーストリアのシュレーディンガー博士がおこなった思考実験のことを指す。

その内容を簡単に説明するとこういうことだ。

まず鋼鉄製の箱、放射性物質、ガイガーカウンター、青酸ガスの発生する装置を用意する。箱の中にそれらをセットしたら、ここで登場するのは1匹の猫だ。彼…もしかしたら彼女かもしれん。

箱の中にすべてを入れ、そして放射性物質が一定量を超えた場合、青酸ガス発生装置が作動するようにして、密閉する。もちろん猫も箱の中だ。

さて、このあと箱の中で何が起きるか。原子崩壊の確率は50%。フィフティー・フィフティーとする。

もし箱の中で放射性物質が原子崩壊すれば、ガイガーカウンターがそれを察知し、装置から青酸ガスが発生する。当然、中にいる猫は命を落とす。もし原子崩壊が起こらなければガスの発生もなく、猫は生き続ける。生か死か。その確率は原子崩壊の確率に等しく、50%となる。

ただし箱の中の状況は箱の蓋を開けてみないとわからない。いいか、ここが重要な点だ。もう一度いう。確かめるには箱を開けるしか方法はない。当然だ、諸君も私も透視能力者ではないからだ。

つまり箱の蓋を開けるまでは、箱の中で原子崩壊が起きている確率も起きていない確率も、50%ずつの可能性を持っているということになる。すなわち猫もおなじ。この箱の中で猫が生きているか死んでいるかは、箱を開けるまで私たちには50%の確率であることしか判定することができない。

それが何を意味するか。わかる者はいるか。

よかろう。この話を知らない場合、その結論を導き出すことはまずできまい。

いいか、よく聞きなさい。こういうことだ。箱が密閉されている状態のとき、死んでいる猫と生きている猫は、重なり合って存在しているのだ。

これこそがシュレーディンガー博士が、物理学的実在の量子力学的記述が不完全であることを実証しようとした、思考実験である。

教授、ちょっと難しいです。聴講生のみなさんも困ってるみたいなんで、資料リンクしときますね。

コホン。

ここまでが今回、私がおこなう実験に入る前の段階、事前に確認しておくべき前提となる部分である。

これまでのところでなにか質問はあるかな。

はい、そこの手を挙げた学生。

え? 量子力学とは何かだと。そんなん知らんがな。

教授、文学部国文学科出身ですもんね。

シュレーディンガー博士にでも聞くがよろしい。

え? すでに亡くなってる? それも知らんがな。そんなん、ワシのせいちゃうわい。偉大な先人の思考実験を実証実験に代えんとする私の邪魔をするようであれば、この講義から立ち去ってくれてかまへんわい。

教授、教授、ビミョーに関西弁出てますよ。

コホン。さて私も前置きに関する自身の解説が合っとるのか合っとらんのか自信がなくなってきたが、続けよう。 

なぜならばこの実験を完遂することは、私にとって大きな意味を持つからだ。逆に、もしやり遂げられないということは、痛恨の極みでもある。大変なことになるのだ。

お、なんかスケールの大きそうな話になってきましたね。さすがです、教授。それでこそ、尊敬する教授です。

さて、今回私が実証しようとするこの実験。先人に倣うとしたら、それはいわば“シュレーディンガーのチーズ”ともいえるものだ。

ち…チーズ?

主な実験器具はここにあるものを使うこととする。

教授の実験器具。左上からボウル、このバット。右にはフライパンとその蓋。

そして今回、猫の役目を務めるのがこちらだ。

教授にいわれるがまま運んできちゃったけど、これで合ってるのかな。生きてるも死んでるもありませんよ、教授。だってチーズですから。

つまり今回はこのチーズをひき肉でつくったタネで包む。そして焼く。

え? それって?

その中のチーズの状態。諸君にはどんな可能性が思い浮かぶかな。

はい、いま手を挙げた君。

そう、そうだ。理解が早い。すなわちハンバーグのタネの中には、とろけた状態のチーズととろけていない状態が重なり合って存在する可能性が高い。そしてその状態は、私が食べるためにハンバーグをナイフで切るまで継続するのだ。

食べるためにっていっちやったよ。つまり晩ごはんにチーズインハンバーグをつくるってことですよね。ということは、この実験を完遂できないと起きる大変なことって、晩ごはん抜きになるってことですかね。

まずタネをつくるところから、スタートする。用意するのはこのとおりだ。

  • ひき肉

  • 玉ねぎ

  • パン粉

  • ケチャップ

  • マヨネーズ

  • お好みソース

  • こしょう

  • チーズ

普通にスーパーでひき肉を買うとき、グラム指定の量り売りではなく、すでにパックされたものを買うことになると思う。なので今回の実験に使うハンバーグは買ってきたひき肉のパックをとりあえず丸ごと練って、その中からちょうどいい大きさになるよう使用することする。

ボウルが最初に用意したものでは小さすぎたので、ちょっと大きいものと交換したが、ご容赦願う。

ひき肉を全部練ると、当然タネが余ることになるが、それに関しては心配ご無用。それはそれで焼き上げて、それから冷まして1つずつラップフィルムに包んで冷凍しておけば、忙しい日の夕飯に便利だからだ。

教授、作り置きする気満々じゃないですか。

ちなみに小さめのものも作っておくと、お弁当にも使えて重宝するので、よく覚えておくように。

なんか講義内容が、料理教室の今日のワンポイントみたいになってきてますよ。

さて、タネができたら猫…もとい、チーズの登場だ。ここで最初に見せたチーズの姿を思い出してほしい。諸君はあのとき漫然と眺めていたのではないか。あのチーズは深い意味を込めて私が選んだものだぞ。

何か気づいた者はいるか。ではそこの君。うしろから3列目の1番端の。

違う、違う。それが一般的な回答だということは理解しているが、それこそが先入観というものだ。

いいか諸君。今の学生が答えたように、先ほど見せたチーズをとろけるチーズだと認識したのは、まさに先入観によるものだ。なぜならば見たまえ。私が用意したものは、フィルムにプリントされている文字色が青なのだ。つまりこれはとろけないタイプだということだ。

メーカーによる違いはあるかもしれんが、私がいつも使っているブランドにおいては通常のチーズは青、とろけるチーズはオレンジがイメージカラーに採用されている。

今回用意したのはプリントも青なら、パッケージも青。正真正銘とろけないものである。

ではなぜそれを選んだのか。一般的にハンバーグに使用する場合のチーズはとろけるものを選ぶとされている。しかし私は敢えてこちらを選んだ。その意味はとろけるチーズを使用した場合、実験がどうなるかを考えるとわかりやすくなる。

諸君はとろけるチーズを包んだハンバーグを焼いたらどうなると思う。そこの君。

そう、そのとおり。中のチーズは溶ける。ハンバーグ本体を切ればとろりと流れ出す。当然だ。とろけるチーズなのだから。

だが今回の理論においてはそれを使うことは証明の妨げとなる。なぜならば、とろけるチーズがハンバーグの中でとろけているか否かは、切るまでもないからだ。とろけるとうたっている以上、それはとろける。つまりハンバーグの中にはとろけた状態のチーズしか存在し得ないのである。

だが、この青チーズは違う。そこにはとろけるかとろけないかを想像するロマンがある。それにとろけるチーズには、必ず加熱して召し上がってくださいという但し書きがあることが多いが、青チーズにはそんなものはない。そのままビールのお供にしてよし、お子さんのおやつにしてよし。カルシウムだって豊富だ。しかもナチュラルチーズのようなクセがない。食べ安いことこの上なし。

プロセスチーズ、サイコー!

教授、教授。話が脱線してますよ。プロセスチーズ愛を語ってどうするんですか。方向修正お願いします。そもそも、とろけるほうもカルシウムの量は変わらないと思いますよ。

コホン。では包むとしよう。

スライスチーズはこんな感じで、完全に包み込む。

うむ、いい感じだ。これでいったん箱の蓋をしたことになる。

しかし実験はここからが本番だ。これを焼き上げるのが、シュレーディンガー博士の思考実験における青酸ガスの発生に当たる。その工程を経て初めて蓋を開けること、すなわちハンバーグを切るという行動が連鎖してくるのだ。

まあハンバーグですからね。生で食べるわけにはいきません。何はともあれ焼かないとですね。それから切る。切ることのあとには、食べるという行動も連鎖するわけですね。

チーズを包んだタネをフットボール型にまとめたら、フライパンに油を敷く。まだ火は点けない。フライパンの油を手のひらにちょっととって、その手でハンバーグの表面をならすと、つるんとした感じに仕上がって見た目がよくなる。ここもポイント。メモを取っておくように。

もう、完全に料理教室じゃないですか。

それから火を点ける。まずは強火でかまわん。焼色がついたら返して両面を焼いて、ここで中火だ。水を注いで、蓋をする。そのままそうだな、8分くらいか。

焼き上がりは竹串を刺してみて、抜いたときに中からじんわりと透明な汁が出てくるかどうかで見極める。

今回は真ん中にチーズを入れてあるので、中心を外してなるべく厚みのある部分で様子見するとよい。

さあ、焼けたぞ。これがチーズインハンバーグ、私の今夜の夕飯だ。

あちゃ。夕飯っていっちゃったよ。

これをよく見てみなさい。ここまで講義を聞いてきた、優秀な諸君にはこれがどういう状態なのかわかるね。

いまこの中には、とろけた状態のチーズととろけていない状態のチーズが、重なり合って存在しているのだ。

え? それはハンバーグに包まれたチーズの外側に当たる部分はとろけてるけど、その一番中心の部分がまだとろけていないということですか、だと。馬鹿な。君は何をいってるのだね。私の講義をちやんと聞いていたのか。

まあいい。いまここでこれから訪れるその瞬間、諸君は歴史的な実証実験の目撃者になる。かつてシュレーディンガー博士が脳内に展開し、論文におこした思考実験を、まさに現実として認識することなるのだ。よく見ておきたまえ。

さあ、いくぞ。 

いただきまーす。

完全に晩ごはんじゃないですか、教授。今、いただきますっていいましたよね。聴講者にいったい何を見せてるんですか、あなたは。

見たか。

いや、チーズがとろけていたかどうかは、それほど重要なことではない。そのことよりむしろ諸君が今、チーズの状態を目視したことが非常に重要なことなのだ。

すなわち、諸君がこの切り分けられたハンバーグの断面を見た、その瞬間事象が収縮してふたつの可能性のうち、ひとつが消滅したのだ。それにより、まさにその瞬間にチーズがとろけているのかいないのかが確定したわけだ。

いいか、これが…

シュレーディンガーのチーズ

だ!!

わー。みんな立ち上がって拍手してますよ。スタンディングオベーションってやつじゃないですか。あっ、バンザイしてる人もいる。

ありがとう、ありがとう。本日、この実証実験に立ち会ってくれたことが、必ずや何かの役に立つことを願ってやまない。諸君に心より感謝する。

おおー。教授、なんだかかっこいいです。いってることは大したことないはずなんですけど、なんでかわかりませんが、今私圧倒されてます。おっさんが晩めしの仕度をしながら、ご託並べてるだけなのに。

おっと。そうそう、大切なことを忘れていた。いいか、このままだとハンバーグにはタネに混ぜ込んだ下味しかついていない。無論このままでもおいしくはいただけるが、やや物足りないのも事実。

そこでこれだ。以前、カレーを煮込んだときに、濾して取り除いた香味野菜を冷凍しておいたものだ。

この香味野菜たちは赤ワインにフォンドボー、さらに一緒に煮た牛肉の旨味をたっぷり吸い込んでいる。そこに赤ワインを大さじ2、ケチャップとお好みソースを大さじ1、ウスターソースを小さじ1、そして隠し味に醤油をぽとぽと。さっと火にかけて沸いてきたら、こしょうを振る。仕上げに火を止めてからバターを溶かせば、簡易版デミグラスソースの完成だ。

けっこうきちんと分量はかってるんですね。ますます料理教室っぽいです。

ハンバーグの上からソースをかけるが、今回は実証のために中心を切り分けてしまったので、そこを隠すようにたっぷりといくのがよろしい。

仕上げに刻んだパセリを振ると、彩りがよくなるぞ。

諸君、本日はチーズインハンバーグのつくりかたについての講義に出席いただき、ありがとう。

もはやシュレーディンガーのチーズの講義じゃなくて、チーズインハンバーグの講義なんですね。料理教室ですね、やっぱり。

それではまた会おう。ご清聴感謝する。

いかがでしたでしょう。トケイヤー教授の特別講義。

ハンバーグの上にチーズを載せて焼くのもいいですが、切ったら中から出てくるスタイルもわくわくしますよね。

最後にもう一度シュレーディンガーの猫の解説を紹介しておきます。

自分、バリバリの文系なんで、本文中の教授の要約がおかしかったら、どなたかコメントでご指摘、補足いただけるとありがたいです。

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